・・・これは月と太陽との引力のために起るもので、月や太陽が絶えず東から西へ廻るにつれて地球上の海面の高く膨れた満潮の部分と低くなった干潮の部分もまた大体において東から西へ向かって大洋の上を進んで行きます。このような潮の波が内海のようなところへ入っ・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・二十一日の早朝に中心が室戸岬附近に上陸する頃には颱風として可能な発達の極度に近いと思わるる深度に達して室戸岬測候所の観測簿に六八四・〇ミリという今まで知られた最低の海面気圧の記録を残した。それからこの颱風の中心は土佐の東端沿岸の山づたいに徳・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・みごとな虹が立ってその下の海面が強く黄色に光って見えた。右舷の島の上には大きな竜巻の雲のようなものがたれ下がっていた。ミラージュも見えた。すべてのものに強い強い熱国の光彩が輝いているのであった。 船はタンジョンパガールの埠頭に横づけにな・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・川口に当りて海面鏡のごとく帆船の大き小さきも見ゆ。多門通りより元の道に出てまた前の氷屋に一杯の玉壺を呼んで荷物を受取り停車場に行く。今ようやく八時なればまだ四時間はこゝに待つべしと思えば堪えられぬ欠伸に向うに坐れる姉様けゞん顔して吾を見る。・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・そうして、そういう接触に人間が馴れ得るためにはそういう接触の時間的変化があまりに急激過ぎるか、ないしは人間の頭の適応性があまりに遅鈍であり過ぎるか、とにかくそのために接触界面の現象として色々な異常現象が頻出するかと思われるふしも少なくないよ・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・のの部分であり、個体としての存在価値をもたないものであるが、連句の二句は、明白に二つの立派な独立な個体であって、しかもその二つの個体自身の別々の価値のみならず、むしろ個体と個体との接触によって生ずる「界面現象」といったようなものが最も重要な・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・其葦の枯葉が池の中心に向つて次第に疎になつて、只枯蓮の襤褸のやうな葉、海綿のやうな房が碁布せられ、葉や房の茎は、種々の高さに折れて、それが鋭角に聳えて、景物に荒涼な趣を添へてゐる。此の bitume 色の茎の間を縫つて、黒ずんだ上に鈍い反射・・・ 永井荷風 「上野」
・・・雨はだんだん密になるので外套が水を含んで触ると、濡れた海綿を圧すようにじくじくする。 竹早町を横ぎって切支丹坂へかかる。なぜ切支丹坂と云うのか分らないが、この坂も名前に劣らぬ怪しい坂である。坂の上へ来た時、ふとせんだってここを通って「日・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・おれの靴は水が染みて海綿のようになってけつかる。」こう言い掛けて相手を見た。 爺いさんは膝の上に手を組んで、その上に頭を低く垂れている。 一本腕はさらに語り続けた。「いやはや。まるで貧乏神そっくりと云う風をしているなあ。きょうは貰い・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・しずかな日きまった速さで海面を南西へかけて行くときはほんとうにうれしいねえ、そんな日だって十日に三日はあるよ、そう云うふうにして丁度北極から一ヶ月目に僕は津軽海峡を通ったよ、あけがたでね、函館の砲台のある山には低く雲がかかっている、僕はそれ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫