・・・また例えば金光寺門前の狐竜の化石延命院の牡丹の弁の如き、馬琴の得意の涅覓論であるが、馬琴としては因縁因果の解決を与えたのである。馬琴の人生観や宇宙観の批評は別問題として、『八犬伝』は馬琴の哲学諸相を綜合具象した馬琴宗の根本経典である。・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・が、半分化石し掛った思想は耆婆扁鵲が如何に蘇生らせようと骨を折っても再び息を吹き返すはずがない。結局は甲冑の如く床の間に飾られ、弓術の如く食後の腹ごなしに翫ばれ、烏帽子直垂の如く虫干に昔しを偲ぶ種子となる外はない。津浪の如くに押寄せる外来思・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・一座は化石したようにしんとしてしまって、鼻を去む音と、雇い婆が忍びやかに題目を称える声ばかり。 やがてかすかに病人の唇が動いたと思うと、乾いた目を見開いて、何か求むるもののように瞳を動かすのであった。「水を上げましょうか?」とお光が・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 一時間の後、新吉が清荒神の駅に降り立つと、さっきの女はやはりきょとんとした眼をして、化石したように動かずさっきと同じ場所に坐っていた。 織田作之助 「郷愁」
・・・奇蹟。化石になる頃、皆あたしを忘れる。文章だけに残る。醜い女、二百歳まで生きて、鼻が低かったと。そしてさらに一生冒さず、処女! 殺されればあたしも美人だ。あたかもお化けがみな美人である如く。お岩だってもとは美人だったと、知らぬが仏の宮枝・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・『封建時代』の化石である、それでもいい足りない。谷川の水、流れとともに大海に注がないで、横にそれて別に一小沢を造り、ここに淀み、ここに腐り、炎天にはその泥沸き、寒天にはその水氷り、そしてついには涸れゆくをまつがごときである。しかしかれと対座・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・但し貝の化石は湯田というところよりいづるよしにて処々に売る家あり、なかなか価安からず。かくてすすむほどに山路に入りこみて、鬱蒼たる樹、潺湲たる水のほか人にもあわず、しばらく道に坐して人の来るを待ち、一ノ戸まで何ほどあるやと問うに、十五里ばか・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・椒魚は、これは世界中でたいへん名高いものだそうでございまして、私が最近、石川千代松博士の著書などで研究いたしましたところに依れば、いまから二百年ばかり前に独逸の南の方で、これまで見た事も無い奇妙な形の化石が出まして、或るそそっかしい学者が、・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・王子は激情の果、いまはもう、すべての表情を失い、化石のように、ぼんやり立ったままでした。 眼前に、魔法の祭壇が築かれます。老婆は風のように素早く病室から出たかと思うと、何かをひっさげてまた現れ、現れるかと思うと消えて、さまざまの品が病室・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・塔の頂の洗いさらされた石材には貝がらの化石が一面についている。寺の歴史やパリの歴史もおもしろいが、この太古の貝がらの歴史も私にはおもしろい。屋根のトタンにも石にも一面に名前や日付が刻みつけてあります。塔をおりて扉をドンドンたたく。しばらく待・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
出典:青空文庫