・・・三隊互ニ循環シテ上下ス。サレバ客ノ此楼ニ登ツテ酔ヲ買ハント欲スルモノ、若シ特ニ某隊中ノ阿嬌第何番ノ艶語ヲ聞カンコトヲ冀フヤ、先阿嬌所属ノ一隊ノ部署ヲ窺ヒ而シテ後其ノ席ニ就カザル可カラズ。然ラザレバ徒ニ纏頭ヲ他隊ノ婢ニ投ジテ而モ終宵阿嬌ノ玉顔・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・夜と云うむやみに大きな黒い者が、歩行いても立っても上下四方から閉じ込めていて、その中に余と云う形体を溶かし込まぬと承知せぬぞと逼るように感ぜらるる。余は元来呑気なだけに正直なところ、功名心には冷淡な男である。死ぬとしても別に思い置く事はない・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・したがって上下数千年に渉って抽象的の工夫を費やさねばならぬ。右から見ている人と左から眺めている人との関係を同じ平面にあつめて比較せねばならぬ。昔しの人の述作した精神と、今の人の支配を受くる潮流とを地図のように指し示さねばならぬ。要するに一人・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・そこで私はすべての印象を反対に、磁石のあべこべの地位で眺め、上下四方前後左右の逆転した、第四次元の別の宇宙を見たのであった。つまり通俗の常識で解説すれば、私はいわゆる「狐に化かされた」のであった。 3 私の物語は此所・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・強い奴を腹ん中へ入れといて、上下から焙りゃこそ、あの位に酔っ払えるんじゃねえか」「うまくやってやがらあ、奴あ、明日は俺達より十倍も元気にならあ」「何でも構わねえ。たった一日俺もグッスリ眠りてえや」 彼等は足駄を履いて、木片に腰を・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・元来仕えるとは、君臣主従など言う上下の身分を殊にして、下等の者が上等の者に接する場合に用うる文字なり。左れば妻が夫に仕えるとあれば、其夫妻の関係は君臣主従に等しく、妻も亦是れ一種色替りの下女なりとの意味を丸出にしたるものゝ如し。我輩の断じて・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・舟はいくつも上下して居るが、帆を張って遡って行く舟が殊に多い。その帆は木綿帆でも筵帆でも皆丈が非常に低い。海の舟の帆にくらべると丈が三分の一ばかりしかない。これは今まででもこうであったのであろうが今日始めて見たような心持がしてこの短い帆が甚・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ 慾ふかのじいさんが、ある晩ひどく酔っぱらって、町から帰って来る途中、その川岸を通りますと、ピカピカした金らんの上下の立派なさむらいに会いました。じいさんは、ていねいにおじぎをして行き過ぎようとしましたら、さむらいがピタリととまって、ち・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・ 石段の上下にあふれている見物の群衆は一斉に賑やかな行進曲の聞える上手の一団を眺めた。 近づいて見ると―― ハッハッハア。これは愉快だ。張り物である。 ウンとふとってとび出た腹に金ぐさりをまきつけて、シルク・ハットをかぶった・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・それから殉死者遺族が許されて焼香する、同時に御紋附上下、同時服を拝領する。馬廻以上は長上下、徒士は半上下である。下々の者は御香奠を拝領する。 儀式はとどこおりなく済んだが、その間にただ一つの珍事が出来した。それは阿部権兵衛が殉死者遺族の・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫