・・・ そのうちうなぎどんぶりが三人の前に運ばれて食事が始まると同時に今までの間欠的爆笑がぴたりと止まってしまった。食事をしながらも低声で談話は進行していたが、今までとちがって話が急に何か知らないがまじめな軌道へはいり込んだかのように見えた。・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・もう少し物事を簡潔につかんで作者が何を表現しようとしているかをわかりやすくしてほしいと思う。その人の「世界」を創造してほしい。 鍋井克之。 この人の絵はわりに好きなほうであったが、近年少しわざとらしい強がりを見せられて困っている。ことし・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・というのは、噴火の間歇性を暗示する。「それが目は酸漿なして」とあるのは、熔岩流の末端の裂罅から内部の灼熱部が隠見する状況の記述にふさわしい。「身一つに頭八つ尾八つあり」は熔岩流が山の谷や沢を求めて合流あるいは分流するさまを暗示する。「またそ・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・一年や二年で見飽きるようなものであったら、自然に関する芸術や科学は数千年前に完結してしまっているはずである。 六つになる親類の子供が去年の暮れから東京へ来ている。これに東京と国とどっちがいいかと聞いてみたら、おくにのほうがいいと言った。・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・これは連歌時代からすでに発句がそれ自身に完結し閉鎖した形式を備えるべきものと考えられた結果起こった要求に応ずるための規定である。閉鎖してさえいれば四十八字皆切れ字であり、閉鎖していなければ「や」でも「かな」でも切れ字ではない。閉鎖するとは何・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・これは普通字句の簡潔とか用語の選択の妥当性によるものと解釈されるようであるが、しかしそれよりも根本的なことは、書く事の内容の取捨選択について積まれた修業の効果によるのではないかと思われる。俳句を作る場合のおもなる仕事は不用なものをきり捨て切・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 大概は勇ましくまた殺伐な戦闘や簒奪の顛末であるが、それがただの歴史とはちがって、中にいろいろな対話が簡潔な含蓄のある筆で写されていたり、繊細な心理が素朴な態度でうがたれていたりするのをおもしろいと思った。それから一つの特徴としては、王・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・言葉は自分には少し分りにくいドイツ語であったがその講義は簡潔でしかも要を得た得難い良い講義だと思われた。大事なしかもかなり六かしい事柄の核心を平明にはっきり呑込ませる術を心得ているようであった。結局先生自身がその学問の奥底まではっきり突きと・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・その時のタムソンの演説はさすがにレーリー一代の仕事に対する簡潔な摘要とも見られるものである。その演説の要旨の中から、少しばかり抄録してみる。 「レーリーの全集に収められた四四六篇の論文のどれを見ても、一つとしてつまらないと思うものはない・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・しからば新日本史はここに完結を告げたか。これから守成の歴史に移るのか。局面回復の要はないか。最早志士の必要はないか。飛んでもないことである。五十歳前、徳川三百年の封建社会をただ一簸りに推流して日本を打って一丸とした世界の大潮流は、倦まず息ま・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫