・・・これを喩えば、大廈高楼の盛宴に山海の珍味を列ね、酒池肉林の豪、糸竹管絃の興、善尽し美尽して客を饗応するその中に、主人は独り袒裼裸体なるが如し。客たる者は礼の厚きを以てこの家に重きを置くべきや。饗礼は鄭重にして謝すべきに似たれども、何分にも主・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・死を怖れるのも怖れぬのも共に理由のない事だ。換言すれば其人の心持にある。即ち孔子の如き仁者の「気象」にある。ああ云う聖人の様な心持で居たらば、死を怖れて取乱す事もあるまい。人生の苦痛に対しても然り、聖人だって苦痛は有る、が、その間に一分の余・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・この主張は、実に、人類の食物の半分を奪おうと企てるものである。換言すれば、この主張者たちは、世界人類の半分、則ち十億人を饑餓によって殺そうと計画するものではないか。今日いずれの国の法律を以てしても、殺人罪は一番重く罰せられる。間接ではあるけ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ろ髪の色、声にしろ感情表現の身振りにしろ特長がなくはないのだが、男との相対において現われて来ると、性格的なものをはっきり生かそうというスター・システムの焦慮にもかかわらず、感情の総和ではどうも女一般に還元させられてしまっている。つまり筋書の・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・文学趣味に生きる若者に還元してしまう。さすがに今日のソヴェトで「月の樹かげのキューピッド」を主題とするロマンチストはいないにしろ、彼等は「働いている俺達」の豊富な生活面について具体的にうたわず、「建設される社会主義」とか「共産主義がそれを建・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 換言すれば行動的ヒューマニズムにおける個人主義は十七世紀ヒューマニズムの個人主義の近代的延長ではなく、少くとも革命と機械を知り、それに掣肘を受けた多分の社会的若くは全体的組織の意識をもった個人主義である。つまり孤立的な静的な自我の意識・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・のような成功した例外のほかの多くの和田の作品は、その農民心理が我執とか所有欲などを本能にまで還元された上で、その葛藤を特定の条件によって設定して、その筋の上に発展させられている。なお、考えさせられることは、作者の人間に対して抱いている観念そ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・の確立の問題は、それが、マルクス主義に打ちあたってのちのブルジョア・インテリゲンチアの間に再起した個への還元の問題として、大きい社会的内容を私どもに印象づけるのである。「紋章」については多数の人々がさまざまにそれを突いていた。その批評に・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・私たちこの精緻な人間が、性器に還元された自我しか自覚する能力がないとしたら、それは病的です。性的交渉にたいして精神の燃焼を知覚しえない男・女のいきさつのなかに、この雄大な二十世紀の実質を要約してしまうことは理性にとって堪えがたい不具です。文・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・に「還元しきる傾向」が最近若い批評家の中にあり、そのような原稿が集っていることについて警告が発せられている。それは正しいと思う。しかし、私はこの巻頭言において、なぜ再びそのような要求、傾向が、特に批評の面において、しかも若い批評家の間から生・・・ 宮本百合子 「近頃の感想」
出典:青空文庫