・・・しかし僕の滞在費は――僕は未だに覚えている、日本の金に換算すると、丁度十二円五十銭だった。 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・彼は矢部の眼の前に自分の愚かしさを暴露するのを感じつつも、たどたどしく百二十七町を段に換算して、それに四段歩を加え始めた。しかし待ち遠しそうに二人からのぞき込まれているという意識は、彼の心の落ち着きを狂わせて、ややともすると簡単な九々すらが・・・ 有島武郎 「親子」
・・・この本能が環境の不調和によって伸びきらない時、すなわちこの本能の欲求が物質的換算法によって取り扱われようとする時、そこにいわゆる社会問題なるものが生じてくるのだ。「共産党宣言」は暗黙の中にこの気持ちを十分に表現しているように見える。マルクス・・・ 有島武郎 「想片」
・・・そんな事を重大視する程世の中の人は閑散でない。それは確かにそうだ。然しそれにもかかわらず、私といわず、お前たちも行く行くは母上の死を何物にも代えがたく悲しく口惜しいものに思う時が来るのだ。世の中の人が無頓着だといってそれを恥じてはならない。・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・まだ宵だというに、番頭のそうした処は、旅館の閑散をも表示する……背後に雑木山を控えた、鍵の手形の総二階に、あかりの点いたのは、三人の客が、出掛けに障子を閉めた、その角座敷ばかりである。 下廊下を、元気よく玄関へ出ると、女連の手は早い、二・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・話は結局こういう生活をどう思うかというところに落着いたが、妓が金に換算される一種の労働だと思い諦めているのを知って、だしぬけに豹一の心は軽くなった。今まで根強く嫌悪していたものが、ここでは日常茶飯事として簡単に取引きされていたのだ。そういう・・・ 織田作之助 「雨」
・・・日常茶飯事の欠伸まじりに倦怠期の夫婦が行う行為と考えてみたり、娼家の一室で金銭に換算される一種の労働行為と考えてみたりしたが、なお割り切れぬものが残った。円い玉子も切りようで四角いとはいうものの、やはり切れ端が残るのである。欠伸をまじえても・・・ 織田作之助 「世相」
・・・踊子の太った足も、場末の閑散な冬のレヴュ小屋で見れば、赤く寒肌立って、かえって見ている方が悲しくうらぶれてしまう。興冷めた顔で洟をかんでいると、家人が寝巻の上に羽織をひっかけて、上って来た。砂糖代りのズルチンを入れた紅茶を持って来たのである・・・ 織田作之助 「世相」
・・・「でも近頃は節季近くと違って、幾らか閑散なんだろうね。それに一体にこの区内では余り大した事件が無いようだが、そうでもないかね?」「いや、いつだって同じことさ。ちょい/\これでいろんな事件があるんだよ」「でも一体に大事件の無い処だ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・―― その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。 どこ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
出典:青空文庫