・・・「看守が来ると、おーい、年とって目が見えんからお前見とくろっちゃ、毎日虱とっとった」 ×××老人は、皺だらけの顔で言葉少にその時のことを話し、愉快そうにハッハッと笑った。 まわりの手入れの行届いた畑には、薯、菜、大根、黍、陸稲な・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・ 私は、日本のジャーナリズムにそれぞれ今日の立役者として今日活躍している何人かの人々の性格、人間的動きの中に、ルースについてマクドナルドが観察している点が尠からず看取されるところに深い感興をもった。菊池寛氏をはじめ手近に想い起される日本・・・ 宮本百合子 「微妙な人間的交錯」
・・・刑務所の医者は、思想犯の患者を診るときには、その前にきまって附添の看守に向って念を押した。「どうだ、これは転向しているかね」と。だから重吉は、自分の努力で病勢を納めて来ているものの、本当には拘置所で患うようになった結核がどの程度のものなのか・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・本富士署は、東大をひかえて、左翼の理論を追求する学生をいつも多勢留置しなければならないために、留置場の看守たちは、ひどく風変りな独自性を身につけていた。ひっぱって、ぶちこむ学生たちと理くつでいい合えば看守に分があろうわけはない。東大の学生そ・・・ 宮本百合子 「本郷の名物」
・・・ この游は安政二年乙卯四月六日に家を発し、五日間の旅をして帰ったものである。巻首に「きのとの卯といへるとし、同じ月始の六日」と云ってある。また巻末に添えられた六山寅の七古の狂詩に、「四海安政乙卯年」「袷衣四月毎日楽」「往来五日道中穏」等・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・彼は民衆の力の勃興を眼前に見ながら、そこに新しい時代の機運の動いていることを看取し得ないのであった。正長、永享の土一揆は彼の三十歳近いころの出来事であり、嘉吉の土一揆、民衆の強要による一国平均の沙汰は、彼の三十九歳の時のことで、民衆の運動は・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫