・・・でもね、日曜は兵が遊びに来るし、それに矢張上に立てば酒位飲まして返すからね自然と私共も忙がしくなる勘定サ。軍人はどうしても景気が可いね」「そうですかね」と自分は気の無い挨拶をしたので、母は愈々気色ばみ。「だってそうじゃないかお前、今・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・価値は主観から独立な真の対象であって、価値現象として主観の感情状態や、欲求とは相違する。さまざまな果実の美味は果実の種類によって性質的に異なり、同一の美味が主観の感覚によってさまざまに感じられるのではない。美味そのものの相違である。その如く・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・が、聯隊の経理室から出た俸給以外に紙幣が兵卒の手に這入る道がないことが明瞭であるにも拘らず、弱点を持っている自分の上に、長くかゝずらっている憲兵の卑屈さを見下げてやりたい感情を経験せずにはいられなかった。主計には頭が上らないから、兵卒のとこ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・一ちょうの豆腐を十五銭に勘定した。ロシア人の馬車を使って、五割の頭をはねた。女郎屋のおやじになった。森林の利権を買って、それをまた会社へ鞘を取って売りつけた。日本軍が撤退すると、サヴエート同盟の経済力は、シベリアにおいても復旧した。社会主義・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・彼女はやがて金目を空で勘定しながら、反物を風呂敷に包んだ。「友吉にゃ、何を買うてやるんだ。」清吉は眼をつむったまゝきいた。「コール天の足袋。」「そうか。」と、彼はつむっていた眼を開けた。 妻は風呂敷包みを持って、寂しそうに再・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・作家としての独歩の面目は、到るところに発揮されて、当時の海戦と艦上生活の有様をヴィヴィットに伝え得るものがある。軍艦の水兵たちや、戦地に行った者たちが、内地からの郵便物を恐ろしく焦れ待つことは、多くの者の経験するところで、後年の文学にたび/・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・同じ立場に在る者は同じような感情を懐いて互によく理解し合うものであるから、中村の細君が一も二も無く若崎の細君の云う通りになってくれたのでもあろうが、一つには平常同じような身分の出というところからごくごく両家が心安くし合い、また一つには若崎が・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・また亥の日には摩利支天には上げる数を増す、朔日十五日二十八日には妙見様へもという工合で、法華勧請の神々へ上げる。其外、やれ愛染様だの、それ七面様だのと云うのがあって、月に三度位は必らず上げる。まだまだ此外に今上皇帝と歴代の天子様の御名前が書・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・かくの如き馬琴が書きましたるところの著述は、些細なものまでを勘定すれば百部二百部ではきかぬのでありますが、その中で髄脳であり延髄であり脊髄であるところの著述は、皆当時の実社会に対して直接な関係は有して居りませぬので、皆異なった時代――足利時・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・そういうちょっと異なものがあったから、古く保食神即ち稲荷なども勧請してあったかも知れぬ。ところが荼吉尼法は著聞集に、知定院殿が大権坊という奇験の僧によりて修したところ、夢中に狐の生尾を得たり、なんどとある通り、古くから行われていたし、稲荷と・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
出典:青空文庫