・・・と露子は大に感嘆する。「いえ、まだこれから行くんです」とあまり感嘆されても困るから、ちょっと謙遜して見たが、どっちにしても別に変りはないと思うと、自分で自分の言っている事がいかにも馬鹿らしく聞える。こんな時はなるべく早く帰る方が得策だ、・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・我輩は感嘆の辞を発した。神さんはすぐツケ上る。「ポプラーはよく詩に咏じてありますよ、「テニソン」などにも出ています。どんな風の無い日でも枝が動く。アスペンとも云います。これもたしか「テニソン」にあったと思います」と「テニソン」専売だ。そのく・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・宴が終って、誰もかれも打ち寛いだ頃、彼は前の謝辞があまりに簡単で済まなかったとでも思ったか、また立って彼の生涯の回顧らしいことを話し始めた。 私は今日を以て私の何十年の公生涯を終ったのである。私は近頃ラムの『エッセー・オブ・エリヤ』を取・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・ただ私の場合は、用具や設備に面倒な手間がかかり、かつ日本で入手の困難な阿片の代りに、簡単な注射や服用ですむモルヒネ、コカインの類を多く用いたということだけを附記しておこう。そうした麻酔によるエクスタシイの夢の中で、私の旅行した国々のことにつ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・したがって、海底での貝の身をエサにしている河豚の味がよくなるわけだが、この河豚を釣るのはそう簡単ではない。ソコブクの一コン釣りといって、名人芸の一つにされている。私もしばしば試みたけれども、十数回のうちで、たった一度しか成功しなかった。・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・理屈ならぬ主観的歌想は多く実地より出でたるものにして、古人も今人もさまで感情の変るべきにあらぬに、まして短歌のごとく短くして、複雑なる主観的歌想を現すあたわず、ただ簡単なる想をのみ主とするものは、観察の精細ならざりし古代も観察の精細に赴きし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・僕のうちの近くなら洪積と沖積があるきりだしずっと簡単だ。それでも肥料の入れようやなんかまるでちがうんだから。いまならみんなはまるで反対にやってるんでないかと思う。一九二五、十一月十日。今日実習が済んでから農舎の前に立・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・とりあげられていなかったのである。後味の深さ、浅さは、かなりこういうところで決った。溝口氏も、最後を見終った観客が、ただアハハハとおふみの歪め誇張した万歳の顔を笑って「うまいもんだ!」と感歎しただけでは満足しないだけの感覚をもった人であろう・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・日本の社会がこの先どうなって行くだろうかと訊かれて、簡単に答え得る人は、寧ろ今日の現実の裡で十分緻密な生活感情をもって複雑な日々の経験をとり入れている人であるとは云い難い実情である。現実は益々複雑な面を露出している。文学の歩みがその社会的相・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・大河内氏は、日本の女子の天才の一つとしてそれを感歎し、それは改良されている機械の機構と、「その使いかたが単調無味であるように製作されてあるほど精密に加工されるから」「飽きることを知らない農村の女子が農業精神で」その精密加工に成功し「農村の子・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
出典:青空文庫