・・・そう云う閲歴は官能的閲歴である。オオビュルナンはマドレエヌの昔使っていた香水の匂い、それから手箱の蓋を取って何やら出したこと、それからその時の室内の午後の空気を思い出した。この記念があんまりはっきりしているので、三十三歳の世慣れ切った小説家・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・その半面、経済的な社会生活の現実では、その激しい衝動を順調にみたしてゆく可能が奪われているから、虚無的な刹那的な官能のなかに、生存を確認する、というようなデカダンス文学が生れた。封建的な人間抑圧への反抗ということも、理由とされているが、それ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・のイレーネは長い冬から突然芽立って来たばかりの蕾のような感情の猛烈さ、程よいという表現を知らない荒っぽさで、父への愛、母への愛の自分で知らない嫉妬にめくらになるのだが、私は一人の観客としてこの映画に堪能しないものをのこされた。芸術的な感銘で・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・では、男に対する女の官能の面も鋭く忌憚なく描こうと試みられている。心が愛すばかりでなく女も男のように肉体で男に引かれるという点も作者は語ろうとしている。作者としては一歩踏み出した作家的境地においてこの決心をしているのである。だが残念なことに・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・三百名ほどまとまり、十銭の会費完納。一部でヒ行器のエンジン。────────────────────────────────── ◎各工場の建物分離。はじからはじまで三十分もかかる。工場のドアをしめきると、各工場分り出来る。ふだん、・・・ 宮本百合子 「工場労働者の生活について」
・・・ 私は今月の初めからずっときのうまで非常に忙しく沢山勉強もしたし、自身で堪能するだけ書くものにしろ深めたものを書いたので、読んでいただけないのがまことに残念です。そのためについ手紙がおそくなった次第です。体も疲れると心臓が苦しいので氷嚢・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・で、父親という一応熱気をさましたような立場から少女たちの身のそよぎを充分官能をもって再現しているように。 室生氏の場合は、作者の好みが多分に働いている。そういう好みが、文学のこととして含んでいる問題は別として、この作者はそういうとりあわ・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
・・・自然にそうするところに女の生きた官能も感覚もある。 佐多稲子さんのところに、何年も前からマイヨールの「とげ」という小さい彫像があった。マイヨール独特の親しみぶかいふっくらした裸婦が足にささった小さなとげをとろうとしているところである。そ・・・ 宮本百合子 「さしえ」
・・・従来、日本の婦人作家の作品の中では圧しつけられていた婦人の官能の面をもある意味では解放した。その後、この才能を認められていた婦人作家の生活は転変して、十数年の年月がはげしい社会的起伏をもって、この「小さき歩み」との間に推移したのであった。稟・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・ 異国風な豊麗さで細々化粧品や装身具などを飾った窓に来かかると、私は、堪能するまで其等の一つ一つを眺める。 本屋の前に出ると、私の眼には、微に意志の光めいたものが浮んだ。表の新着書籍を見わたし終ると、私は、内へ入って行った。丁度、燕・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫