・・・文芸上の作物は巧いにしろ拙いにしろ、それがそれだけで完了してると云う点に於て、人生の交渉は歴史上の事柄と同じく間接だ、とか何んとか。それはまあどうでも可いが、とにかくおれは今後無責任を君の特権として認めて置く。特待生だよ。A 許してくれ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・が、三木君は余り口を開かなかった。 鴎外はドチラかというとクロース・ハアテッドで、或る限界まで行くとそれから先きは厳として人を容れないという風があった。が、官僚気質の極めて偏屈な人で、容易に人を近づけないで門前払いを喰わすを何とも思・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・の七十回本『水滸伝』を難じて、『水滸』の豪傑がもし方臘を伐って宋朝に功を立てる後談がなかったら、『水滸伝』はただの山賊物語となってしまうと論じた筆法をそのまま適用すると、『八犬伝』も八犬具足で終って両管領との大戦争に及ばなかったらやはりただ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・『八犬伝』もまた末尾に近づくにしたがって強弩の末魯縞を穿つあたわざる憾みが些かないではないが、二十八年間の長きにわたって喜寿に近づき、殊に最後の数年間は眼疾を憂い、終に全く失明して口授代筆せしめて完了した苦辛惨憺を思えば構想文字に多少の倦怠・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・いくらヤキモキ騒いだって海千山千の老巧手だれの官僚には歯が立たない、」と二葉亭は常に革命党の無力を見縊り切っていた。欧洲戦という意外の事件が突発したためという条、コンナに早く革命が開幕されて筋書通りに、トいうよりはむしろ筋書も何にもなくて無・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・が、官僚はイツでも保守的であって、放縦危激な民論を控制し調節するが常である。官僚が先へ立って突飛な急進の空気を醸成して民間から反対されたというは滅多に聞かない話であって、伊井公侯の欧化政策は平和的ボリシェウィズムであった。それから比べると今・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・しかし、国民に懺悔を強いる前に、まず軍部、重臣、官僚、財閥、教育者が懺悔すべきであろうと思った。「一億総懺悔」という言葉は、何か国民を強制する言葉のように聞こえた。 私は終戦後、新聞の論調の変化を、まるでレヴューを見る如く、面白いと思っ・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・ みなさんは、日本を敗戦国にしたのは、軍閥と官僚だとお思いになっていらっしゃるかも知れませんが、実は猫と杓子が日本をこんなことにしてしまったのです。猫と杓子が寄ってたかって、戦争だ、玉砕だ、そうだそうだ、賛成だ賛成だ、非国民だなどと、わ・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・家柄ではあり、親父の余威はあり、二度も京都管領になったその政元が魔法修行者だった。政元は生れない前から魔法に縁があったのだから仕方がない。はじめ勝元は彼だけの地位に立っていても、不幸にして子がなかった。そこでその頃の人だから、神仏に祈願を籠・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・此頃は上は大将軍や管領から、下は庶民に至るまで、哀れな鳥や獣となったものが何程有ったことだったろう。 此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫