・・・ これほどだいじな神経や血管であるから天然の設計に成る動物体内ではこれらの器官が実に巧妙な仕掛けで注意深く保護されているのであるが、一国の神経であり血管である送電線は野天に吹きさらしで風や雪がちょっとばかりつよく触れればすぐに切断するの・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・妻は医者の間に合いの気休めをすっかり信じて、全く一時的な気管の出血であったと思っていたらしい。そうでないと信じたくなかったのであろう。それでもどこにか不安な念が潜んでいると見えて、時々「ほんとうの肺病だって、なおらないときまった事はないので・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・ 広い意味でのニュース映画によって、人間は全く新しい認識の器官を獲たと言ってもはなはだしい過言ではない。そういう新しい人間としてはわれわれはまだほんの孩児のようなものである。したがって期待されるものはニュース映画の将来である。演劇的映画・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・蚕や蛇が外皮を脱ぎ捨てるのに相当するほど目立った外見上の変化はないにしても、もっと内部の器官や系統に行われている変化がやはり一種の律動的弛張をしないという証拠はよもやあるまいと思われる。 そのような律動のある相が人間肉体の生理的危機であ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・富の分配の不平等に社会の欠陥を見て、生産機関の公有を主張した、社会主義が何が恐い? 世界のどこにでもある。しかるに狭量神経質の政府は、ひどく気にさえ出して、ことに社会主義者が日露戦争に非戦論を唱うるとにわかに圧迫を強くし、足尾騒動から赤旗事・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・その理由は無論明白な話で、前詳しく申上げた開化の定義に立戻って述べるならば、吾々が四五十年間始めてぶつかった、また今でも接触を避ける訳に行かないかの西洋の開化というものは我々よりも数十倍労力節約の機関を有する開化で、また我々よりも数十倍娯楽・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・それにはこういう公会堂のようなものを作って時々講演者などを聘して知識上の啓発をはかるのも便法でありますし、またそう知的の方面ばかりでは窮屈すぎるから、いわゆる社交機関を利用して、互の歓情をつくすのも良法でありましょう。時としては方便の道具と・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・何の事はない、脱線して斜になった機関車が、惰力で二十間も飛んだ、と云った風な歩きっ振りであった。 小林が彼と肩を並べようとする刹那、彼は押し潰した畳みコップのように、ペシャッとそこへ跼った。 小林はハッとした。 と、同時に川上の・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・近年、西洋において学芸の進歩はことに迅速にして、物理の発明に富むのみならず、その発明したるものを、人事の実際に施して実益を取るの工風、日に新たにして、およそ工場または農作等に用うる機関の類はむろん、日常の手業と名づくべき灌水・割烹・煎茶・点・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・広く他の部分に波及するときは、人間万事、政党をもって敵味方を作り、商売工業も政党中に籠絡せられて、はなはだしきは医学士が病者を診察するにも、寺僧または会席の主人が人に座を貸すにも、政派の敵味方を問うの奇観を呈するにいたるべし。社会親睦、人類・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
出典:青空文庫