・・・愚かには違い無いが、けれども、此の熱狂的に一直線の希求には、何か笑えないものが在る。恐ろしいものが在る。女は玩具、アスパラガス、花園、そんな安易なものでは無かった。この愚直の強さは、かえって神と同列だ。人間でない部分が在る、と彼は、真実、驚・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・飛行機から爆弾を投下する光景や繋留気球が燃え落ちる場面があるというので自分の目下の研究の参考までにと見に行ったのが「ウィング」であった。それから後、象の大群が見られるというので「チャング」を見、アフリカの大自然があるというので「ザンバ」を見・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・航空者特に自由気球にでも乗る人はこの事実を忘れてはならない。 海陸風の原因が以上のとおりであるから、この風は昼間日照が強く、夜間空が晴れて地面からの輻射が妨げられない時に最もよく発達する。これに反して曇天では、輻射の関係で上記の原因が充・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・しかしそういう場合であっても、もしも入場していた市民がそのような危急の場合に対する充分な知識と訓練を持ち合わせていて、そうしてかねてから訓練を積んだ責任ある指揮者の指揮に従って合理的統整的行動を取ることができれば、たとえ二万人三万人の群集が・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・百メートル競走の勝利者は千メートルでびりにならないとも限らない。気球に乗って一万メートルの高さにのぼって目をまわしておりて来たというだけの人と、九千メートルまでのぼってそうして精細な観測を遂げて来た人とでは科学的の功績から採点すればどちらが・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・その側面を広告塔にすれば気球広告よりも有効で、その料金で建設費はまもなく消却されるであろう。高い所に上がりたがるのは人間というものに本能的な欲望である。この欲望は赤ん坊の時からすでに現われる。自分が四歳の時に名古屋にいたころのかすかな思い出・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・これは南から来る暖かい風がこの境界線から地面を離れて中層へあがりその下へ北から来る寒風がもぐり込んでいるのだという事は、当時各地で飛揚した測風気球の観測からも確かめられている。そのために中層へは南方から暖かい空気が舌を出したような形になって・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・この人はジューリングと一緒に気球で成層圏の根元に近づき一時失神しながらも無事に着陸したという経験をもっていて、搭乗気球としての最高のレコードの保持者であった。鉄道幹線から分れた田舎廻りの支線、いわゆるクラインバーンの汽車の呑気なのに驚いたの・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・ 左れば当時積弱の幕府に勝算なきは我輩も勝氏とともにこれを知るといえども、士風維持の一方より論ずるときは、国家存亡の危急に迫りて勝算の有無は言うべき限りにあらず。いわんや必勝を算して敗し、必敗を期して勝つの事例も少なからざるにおいてをや・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・市内のある工廠で一挙に数百人の女工を求めて来たので、市の紹介所は、小紡績工場の操短で帰休している娘たちを八王子辺から集めて、やっとその需要にこたえた状態である。 さらに他方には、東京の巣鴨にある十文字こと子女史が経営している十文字高等女・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
出典:青空文庫