・・・それから側目には可笑しいほど、露柴の機嫌を窺い出した。……… 鏡花の小説は死んではいない。少くとも東京の魚河岸には、未にあの通りの事件も起るのである。 しかし洋食屋の外へ出た時、保吉の心は沈んでいた。保吉は勿論「幸さん」には、何の同・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・けれども半之丞はどう言う目に遇っても、たいていは却って機嫌をとっていました。もっとも前後にたった一度、お松がある別荘番の倅と「お」の字町へ行ったとか聞いた時には別人のように怒ったそうです。これもあるいは幾分か誇張があるかも知れません。けれど・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・の伝記の起源が、馬太伝の第十六章二十八節と馬可伝の第九章一節とにあると云うベリンググッドの説を挙げて、一先ずペンを止める事にしようと思う。 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・骨相学の話を少しした。骨相学の起源は動物学の起源と関係があると云うような事を聞いている中にアリストテレスがどうとかと云うむずかしい話になったから、話の方は御免を蒙って、一つ僕の顔を見て貰う事にした。すると僕は、直覚力も推理力も甚円満に発達し・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・そうして、それが、紀元千二百八十八年になって、始めて人を化かすようになった。――こう云うと、一見甚だ唐突の観があるように思われるかも知れない。が、それは恐らく、こんな事から始まったのであろう。―― その頃、陸奥の汐汲みの娘が、同じ村の汐・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・ 中でも同書の第三段は、悪魔の起源を論じた一章であるが、流布本のそれに比して、予の蔵本では内容が遥に多い。巴自身の目撃した悪魔の記事が、あの辛辣な弁難攻撃の間に態々引証されてあるからである。この記事が流布本に載せられていない理由は、恐ら・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・一杯機嫌になったらしい小作人たちが挨拶を残して思い思いに帰ってゆく気配が事務所の方でしていた。冷え切った山の中の秋の夜の静まり返った空気の中を、その人たちの跫音がだんだん遠ざかって行った。熱心に帳簿のページを繰っている父の姿を見守りながら、・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 薄暗がりに頷いたように見て取った、女房は何となく心が晴れて機嫌よく、「じゃ、そうしましょう/\。お前さん、何にもありませんよ。」 勝手へ後姿になるに連れて、僧はのッそり、夜が固って入ったように、ぬいと縁側から上り込むと、表の六・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・今だって父の機嫌がなおってはいないです。おとよさんもこんなに痩せっちゃったんですから、かわいそうで見ていられないから、うちと相談してね、今日の事をたくらんだんです。随分あぶない話ですが、あんまりおとよさんがかわいそうですから、それですから省・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・とか、「大相上機嫌です、ね」とか、「またいらっしゃい」とか、そういうことを専門に教えてくれろと言うのであった。僕は好ましくなかったが、仕事のあいまに教えてやるのも面白いと思って、会話の目録を作らして、そのうちを少しずつと、二人がほかで習って・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫