・・・忠利はふと腮髯の伸びているのに気がついて住持に剃刀はないかと言った。住持が盥に水を取って、剃刀を添えて出した。忠利は機嫌よく児小姓に髯を剃らせながら、住持に言った。「どうじゃな。この剃刀では亡者の頭をたくさん剃ったであろうな」と言った。住持・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・大学にいる間、秀麿はこの期にはこれこれの講義を聴くと云うことを、精しく子爵の所へ知らせてよこしたが、その中にはイタリア復興時代だとか、宗教革新の起原だとか云うような、歴史その物の講義と、史的研究の原理と云うような、抽象的な史学の講義とがある・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 彼は次第に不機嫌になって来た。「厄介者が行ってくれたんで、晴々するわ。あんな者にいられると、こちまで病気つくがな。」 お霜は安次の立った後の掃除をしながらそう勘次に云った。勘次は何ぜだか母親に突きかかっていきたくなったが黙っていた・・・ 横光利一 「南北」
・・・が、その謎めいて古い起源が我々には魔力的に感ぜられるのである。 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・初めおとなしく食事を取っていた子供は、何ゆえともわからない不満足のために、だんだん不機嫌になって、とうとうツマラない事を言い立ててぐずり出しました。こういう事になると子供は露骨に意地を張り通します。もちろん私は子供のわがままを何でも押えよう・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ わが国の古墳時代というと、西暦紀元の三世紀ごろから七世紀ごろまでで、応神、仁徳朝の朝鮮関係を中心とした時代である。あれほど大きい組織的な軍事行動をやっているくせに、その事件が愛らしい息長帯姫の物語として語り残されたほどに、この民族の想・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
・・・歌舞伎芝居において特に顕著に首を動かす一、二の型を頭に浮かべつつ、それが自然な人間の動作のどこに起源を持つかを考えてみるがよい。そこにおのずから、人形の首の運動が演技様式発展の媒介者として存することを見いだし得るであろう。 あるいはまた・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫