・・・……ものによっては、一服寄進にあずかってもよいが、いったい何に効くんだい?」「――肺病です。……あきれたでしょうがな」「――あきれた」 かつて灸婆をつかって病人相手の商売に味をしめた経験から、割り出してのことだろうと、思わず微笑・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・に詣って蝋燭など思い切った寄進をした。その代り、寝覚めの悪い気持がしたので、戒名を聞いたりして棚に祭った。先妻の位牌が頭の上にあるのを見て、柳吉は何となく変な気がしたが、出しゃ張るなとも言わなかった。言えば何かと話がもつれて面倒だとさすがに・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・祇尼は保食神どころではない、本来餓鬼のようなもので、死人の心をかんしょくしたがっている者なのであるが、他の大鬼神に敵わないので、六ヶ月前に人の死を知り、先取権を確立するものであり、なかなか御稲荷様のような福ふくふくしいものではないのである。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・そうしてこの頃では到る処の街頭で千人針の寄進が行われている。これは男子には関係のないだけに、街頭は街頭でも、何となくしめやかにしとやかに行われている。それだけに救世軍の鍋などとはよほどちがった感じを傍観者に与えるものである。如何にも兵隊さん・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・中根淑の香亭雅談を見るに「今歳ノ春都下ノ貴紳相議シテ湖ヲ環ツテ闘馬ノ場ヲ作ル。工ヲ発シ混沌ヲ鑿ル。而シテ旧時ノ風致全ク索ク矣。」と言っている。雅談の成った年は其序によって按ずれば癸未暮春である。また巻尾につけられた依田学海の跋を見れば明治十・・・ 永井荷風 「上野」
向島は久しい以前から既に雅遊の地ではない。しかしわたくしは大正壬戌の年の夏森先生を喪ってから、毎年の忌辰にその墓を拝すべく弘福寺の墳苑に赴くので、一年に一回向島の堤を過らぬことはない。そのたびたびわたくしは河を隔てて浅草寺の塔尖を望み・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・……汝盾を執って戦に臨めば四囲の鬼神汝を呪うことあり。呪われて後蓋天蓋地の大歓喜に逢うべし。只盾を伝え受くるものにこの秘密を許すと。南国の人この不祥の具を愛せずと盾を棄てて去らんとすれば、巨人手を振って云う。われ今浄土ワルハラに帰る、幻影の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・我が国において、鬼神幽冥の妄説は、多くは仏者の預るところとなりて、もっぱら社会に流行したることなれども、三百年来、儒者の道、ようやく盛にして、仏者に抗し、これに抗するの余りに、しきりに幽冥の説を駁して、ついには自家固有の陰陽五行論をも喋々す・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・慨激烈の歌も詠み、和暢平遠の歌も詠み、家屋の内をも歌に詠み、広野の外をも歌に詠み、高山彦九郎をも詠み、御魚屋八兵衛をも詠み、侠家の雪も詠み、妓院の雪も詠み、蟻も詠み、虱も詠み、書中の胡蝶も詠み、窓外の鬼神も詠み、饅頭も詠み、杓子も詠む。見る・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ぎて藻の花やかたわれからの月もすむ忘るなよ程は雲助時鳥角文字のいざ月もよし牛祭又嘘を月夜に釜の時雨哉葛の葉のうらみ顔なる細雨かな頭巾著て声こもりくの初瀬法師 晋子三十三回忌辰擂盆のみそみめぐりや寺の霜・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫