・・・あるいは人間の機微に触れた内部の消息を伝えた作品を第一位に据えてもいい。あるいは平々淡々のうちに人を引き着ける垢抜けのした著述を推すもいい。猛烈なものでも、沈静なものでも、形式の整ったものでも、放縦にしてまとまらぬうちに面白味のあるものでも・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・いい気味だ。おれの言う言を、聞かなかッた罰だぜ」「あら、あんなことを。覚えていらッしゃいよ」「本統だから、顔を真赤にしたな。ははははは」「あら、いつ顔なんか真赤にしました。そんなことをお言いなさると、こうですよ」「いや、御免・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・いえ、そのお庭の戸は疾くに閉めてあるのでございますから、気味が悪うございます。何しろ。主人。どうしたと。家来。ははあ、また出て来て、庭で方々へ坐りました。あのアポルロの石像のある処の腰掛に腰を掛ける奴もあり、井戸の脇の小蔭に蹲む奴も・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 段々発熱の気味を覚えるから、蒲団の上に横たわりながら『日本』募集の桜の歌について論じた。歌界の前途には光明が輝いで居る、と我も人もいう。 本をひろげて冕の図や日蔭のかずらの編んである図などを見た。それについてまた簡単な趣味と複雑な・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・貰うとき、なんとかかんとかごまかして、ゴム靴をもう一足受け取る、それから、馬がそれを犬に渡す、犬が猫に渡す、猫がただの鼠に渡す、ただの鼠が野鼠に渡す、その渡しようもいずれあとでお礼をよこせとか何とか、気味の悪い語がついていたのでしょう、その・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・少しいい気味だ、うちへ来ない罰よ」「今晩から来てよ、あの婆さんなかなか要領がいい。いざとなったら何にもしてくれる気がないらしい」 ふき子は、「岡本さん」と、大きな声で呼んだ。「はい」「陽ちゃんがいらしたから紅茶入れて・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 自然な女の心持で、異性の間の友情を考えると、どうしても女同士の友情というものが浮んで来る心理の必然が、おのずからこの感情の本質的な機微にふれているのではなかろうか。 恋愛というものは、この社会の歴史の現実のなかで、男と女とが相互的・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・われている日本の女こそ、習俗の上で見かけの礼儀や丁寧さのこまやかな欧米の男にだまされやすいということは、外見だけの荒っぽさと称される境遇が、それだけ女の心を、外見のねんごろさにさえもろくしている深刻な機微を語っているのだと思う。外見だけのこ・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・そんなに、この頃はうどん、うどんなのだが、そのうどんに絡んで人情の機微が動く姿も可笑しく悲しい。 或る小学校に三人の女先生がいた。ずっと仲よしで、今年は一人の先生が五年を、もう一人の先生は一年のうけもちに代った。一人は唱歌の先生である。・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・マであれば、それにふさわしい表現の手段が彼としては無くてはならず、しかも、西欧の文学に通暁していたこの作者が、題材として手柔らかな、纏めやすく拵えやすい過去の情景へ向ってそれを求めたということの精神の機微にも目をひかれる。西欧の芸術家、たと・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫