・・・発狂したる罪は鼓を鳴らして責めざるべからず。否、忍野氏の罪のみならんや。発狂禁止令を等閑に附せる歴代政府の失政をも天に替って責めざるべからず。「常子夫人の談によれば、夫人は少くとも一ヶ年間、××胡同の社宅に止まり、忍野氏の帰るを待たんと・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・築山の草はことごとく金糸線綉きんしせんしゅうとんの属ばかりだから、この頃のうそ寒にも凋れていない。窓の間には彫花の籠に、緑色の鸚鵡が飼ってある。その鸚鵡が僕を見ると、「今晩は」と云ったのも忘れられない。軒の下には宙に吊った、小さな木鶴の一双・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・まったさんた・まりや姫は、金糸銀糸の繍をされた、襠の御姿と拝み申す。」 奉行「そのものどもが宗門神となったは、いかなる謂れがあるぞ。」 吉助「えす・きりすと様、さんた・まりや姫に恋をなされ、焦れ死に果てさせ給うたによって、われと同じ・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・「外国から輸入される書物や絵を、一々これにかけて見て、無価値な物は、絶対に輸入を禁止するためです。この頃では、日本、英吉利、独逸、墺太利、仏蘭西、露西亜、伊太利、西班牙、亜米利加、瑞典、諾威などから来る作品が、皆、一度はかけられるそうで・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・だの、「夜さこいと云う字を金糸でぬわせ、裾に清十郎とねたところ」だのと云う、なまめいた文句を、二の上った、かげへかげへとまわってゆく三味線の音につれて、語ってゆく、さびた声が久しく眠っていたこの老人の心を、少しずつ目ざませて行ったのであろう・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ 真綿をスイと繰ったほどに判然と見えるのに、薄紅の蝶、浅葱の蝶、青白い蝶、黄色な蝶、金糸銀糸や消え際の草葉螟蛉、金亀虫、蠅の、蒼蠅、赤蠅。 羽ばかり秋の蝉、蜩の身の経帷子、いろいろの虫の死骸ながら巣を引ひんむしって来たらしい。それ等・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・省が功労者と認めて選奨した坪内博士、如何なる偏見を抱いて見るも穏健老実なる紳士と認めらるべき思想界の長老たる坪内氏が、経営する文芸協会の興行たる『故郷』の上場を何等の内論も質問もなく一令を下して直ちに禁止する如き、恰も封建時代の地頭が水呑百・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 夜業禁止や、時間制により、工場はある不幸な児童等は救はれたのであるが、尚、眼に見えざる場処に於ての酷使や、無理解より来る強圧を除くには、社会は、常に警戒し、防衛しなければならぬであろう。そして、積極的に彼等がいかなる、境遇に置かれつゝ・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・はれぼったい瞼をした眼を細めて、こちらを見た。近視らしかった。 湯槽にタオルを浸けて、「えらい温るそうでんな」 馴々しく言った。「ええ、とても……」「……温るおまっか。さよか」 そう言いながら、男はどぶんと浸ったが、・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ と朝っぱらから唄うたが、間もなく軽部にその卑俗性を理由に禁止された。「浄瑠璃みたいな文学的要素がちょっともあれへん」 と、言いきかせた。彼は国漢文中等教員検定試験の勉強中であった。それで、お君は、「あわれ逢瀬の首尾あらば、・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫