・・・それのみか、某事件の摘発、攻撃の筆がたたって、新聞条令違反となり、発売禁止はもとより、百円の罰金をくらった。続いて、某銀行内部の中傷記事が原因して罰金三十円、この後もそんなことが屡あって、結局お前は元も子もなくしてしまい無論廃刊した。 ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ そんなことがあってみれば、その夜、ことに自作が発売禁止処分を受けて、もう当分自分の好きな大阪の庶民の生活や町の風俗は描けなくなったことで気が滅入り、すっかりうらぶれた隙だらけの気持になっている夜、「ダイス」のマダムに会うのはますます危・・・ 織田作之助 「世相」
三年生になった途端に、道子は近視になった。「明日から、眼鏡を掛けなさい。うっちゃって置くと、だんだんきつくなりますよ」 体格検査の時間にそう言われた時、道子はぽうっと赧くなった。なんだか胸がどきどきして、急になよな・・・ 織田作之助 「眼鏡」
・・・亀井戸の金糸堀のあたりから木下川辺へかけて、水田と立木と茅屋とが趣をなしているぐあいは武蔵野の一領分である。ことに富士でわかる。富士を高く見せてあだかも我々が逗子の「あぶずり」で眺むるように見せるのはこの辺にかぎる。また筑波でわかる。筑波の・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ある特別の場合に正しく行為せんためにはわれらは何を行ない何を禁止すべきか。かかる問いに対しては完全な答えは不可能である。何故ならこれに答えるためには、その場合の事情の十全な認識、行為のあらゆる結果の十全なる予測が必要であるが、かかる知見は神・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・旱魃を免れた県には、米穀県外移出禁止というような城壁が築かれてはいるが、表門は閉っていても、裏のくゞり戸があいているので、四斗俵ならぬ三斗五升いりの袋ならその門を通過させてもらえるのだと笑っていた。 この頃好景気のある船会社の船長の細君・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・朝鮮銀行がやっていた、暗黒相場のルーブル売買が禁止されたのが明らかになった。密輸入者が国外へ持ちだしたルーブル紙幣を金貨に換える換え場がなくなったのだ。 日本のブル新聞は、鮮銀と、漁業会社に肩を持って、ぎょうぎょうしげに問題を取り上げて・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 五「今度こそ、俺れゃ金鵄勲章だぞ。」 銃をかついで、来た道を引っかえしながら軍曹は、同僚の肩をたたいて笑った。彼は、中隊長の前で、三人の逃げ出そうとするパルチザンを突き殺した。それが、中隊長の眼にとまった自・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・その公判すら傍聴を禁止された今日にあっては、もとより、十分にこれをいうの自由はもたぬ。百年ののち、たれかあるいはわたくしに代わっていうかも知れぬ。いずれにしても、死刑そのものはなんでもない。 これは、放言でもなく、壮語でもなく、かざりの・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 私が如何にして斯る重罪を犯したのである乎、其公判すら傍聴を禁止せられた今日に在っては、固より十分に之を言うの自由は有たぬ。百年の後ち、誰か或は私に代って言うかも知れぬ、孰れにしても死刑其者はなんでもない。 是れ放言でもなく、壮語で・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫