・・・ と声を密めながら、「ここいらは廓外で、お物見下のような処だから、いや遣手だわ、新造だわ、その妹だわ、破落戸の兄貴だわ、口入宿だわ、慶庵だわ、中にゃあお前勾引をしかねねえような奴等が出入をすることがあるからの、飛んでもねえ口に乗せら・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・「芸者の桂庵」「兄さんは?」「勧工場の店番」「姉さんは?」「ないの」「妹は?」「芸者を引かされるはず」「どこにつとめているの?」「大宮」「引かされてどうするの?」「その人の奥さん」「なアに、妾・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・掛け取りに来た車屋のばあさんに頼んで、なんでもよいからと桂庵から連れて来てもらったのが美代という女であった。仕合わせとこれが気立てのやさしい正直もので、もっとも少しぼんやりしていて、たぬきは人に化けるものだというような事を信じていたが、とに・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・その後肥後守は御年三十一歳にて、慶安二年俄に御逝去遊ばされ候。御臨終の砌、嫡子六丸殿御幼少なれば、大国の領主たらんこと覚束なく思召され、領地御返上なされたき由、上様へ申上げられ候処、泰勝院殿以来の忠勤を思召され、七歳の六丸殿へ本領安堵仰附け・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・その後肥後守は御年三十一歳にて、慶安二年俄に御逝去遊ばされ候。御臨終の砌、嫡子六丸殿御幼少なれば、大国の領主たらんこと覚束なく思召され、領地御返上なされたき由、上様へ申上げられ候処、泰勝院殿以来の忠勤を思召され、七歳の六丸殿へ本領安堵仰附け・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫