・・・「言わないたって、まあその見当でしょう?」「馬鹿なことをお言い!」 為さんはわざと恍けた顔をして、「へええ、じゃ私の推量は違いましたかね」とさらに膝の相触れるまで近づいて、「そう聞きゃ一つ物は相談だが、どうです? お上さん、親方・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・生国魂神社の北門が見えたり、入口に地蔵を祠っている路地があったり、金灯籠を売る店があったり、稲荷を祠る時の巻物をくわえた石の狐を売る店があったり、簔虫の巣でつくった銭入れを売る店があったり、赤い硝子の軒灯に家号を入れた料理仕出屋があったり、・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・のは例えば梅田の闇市場を歩いていても、どこをどう通ればどこへ抜けられるのか、さっぱり見当がつかず、何度行ってもまるで迷宮の中へ放り込まれたような気がするという不安な感じがするという意味である。 かつて私は大阪のすくなくとも盛り場界隈だけ・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・彼は生涯女の後を追い続けたが、私は静子がやがて某拳闘選手と二人で満州に走った時、満州は遠すぎると思った。追いもせず大阪に残った私は、いつか静子が角力取りと拳闘家だけはまだ知らないと言っていたのを思い出して、何もかも阿呆らしくなってしまい、も・・・ 織田作之助 「世相」
・・・一体君はどうご自分の生活というものを考えて居るのか、僕にはさっぱり見当が附かない」「僕にも解らない……」「君にも解らないじゃ、仕様が無いね。で、一体君は、そうしていて些とも怖いと思うことはないかね?」「そりゃ怖いよ。何も彼も怖い・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ いったいどこから浮かんで来た空想かさっぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない。 今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそう・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・けれどもどうして立身するか、それはまるで母にも見当がつかなかったのでございます。母は叔母の家から私の学資を出さそうとしたらしゅうございました。これが都合よく参りませんものですから、私の立身を堅く信じながらも、ただそれは漠としたことで、実は内・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・かような指導書を見出したときには、これをくりかえし、幾度となく熟読し、玩味し、その解答を検討すべきである。手垢に汚れ、ページがほどけるほど首引きするのこそ指導書である。 広く読書することも必要であるが、指導書を精読することは一層大切であ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・「誰れだな、俺れゃどうも見当がつかん。」「這入りこんで現場を見届けてやろう。」 二人は耳をすました。二つくらい次の部屋で、何か気配がして、開けたてに扉が軋る音が聞えてきた。サーベルの鞘が鳴る。武石は窓枠に手をかけて、よじ上り、中・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・に最も正しく現実が伝えられているか否かは、検討の余地のある問題であるが、こゝには、すくなくとも故意の歪曲と隠蔽はない。将軍も兵卒も、いわゆる「人間」としてとらえられているのである。「肉弾」が過去に於て、一千版以上を重ねたと云われる程、多・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫