・・・すると亀はもうとても追付く望みはないとばかりやけくそになって、呑めや唄えで下界のどん底に止まる。その天井を取払ったのが老子の教えである」というのである。何のことだかちっとも分からない。しかし、この分からない話を聞いたとき、何となく孔子の教え・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・また、内海では満干の高さが外海の倍にもなるところがあります。このようにあるところでは満潮であるのに他のところでは干潮になったり、内海の満干の高さが外海の満干の高さの倍になるところのあるのは、潮の流れが狭い海峡を入るために後れ、また、方々の入・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・余はすでに倫敦の塵と音を遥かの下界に残して五重の塔の天辺に独坐するような気分がしているのに耳の元で「上りましょう」という催促を受けたから、まだ上があるのかなと不思議に思った。さあ上ろうと同意する。上れば上るほど怪しい心持が起りそうであるから・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・かく観ずればこの女の運命もあながちに嘆くべきにあらぬを、シャロットの女は何に心を躁がして窓の外なる下界を見んとする。 鏡の長さは五尺に足らぬ。黒鉄の黒きを磨いて本来の白きに帰すマーリンの術になるとか。魔法に名を得し彼のいう。――鏡の表に・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ただ漫然たる江湖において、論者も不学、聴者も不学、たがいに不学無勘弁の下界に戦う者は、捨ててこれを論ぜざるなり。 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・挙げて中央政府に敵し、其これに敵するの際に帝室の名義を奉じ、幕政の組織を改めて王政の古に復したるその挙を名けて王政維新と称することなれば、帝室をば政治社外の高処に仰ぎ奉りて一様にその恩徳に浴しながら、下界に居て相争う者あるときは敵味方の区別・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 二月の海浜は、まして避寒地として有名でもない外海の浜はさびれていた。佐和子は、妹と並んで防波堤兼網乾し場の高いコンクリートのかげで、日向ぼっこをしていた。正月に、漁師たちが大焚火でもしてあたりながら食べたのだろう、蜜柑の皮が乾から・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・しかし、よく見かけるのはいずれも山に対してあまり抒情的であり、しかもその抒情性がいかにも東洋風で、下界の人間の臭気から浄き山気へのがれるというような感情のすえどころから語られているのが、いつも何か物足らない心持をおこさせる。今日のひとが山を・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・の主人公の外科医ぶりは、外科の医者からみると、ところどころ危っかしいそうです。 小さい作品ですが二、三ヵ月前の『近代文学』に「イポリット眼」という報告文学的小説がのっていました。これは、作者自身が眼科医であるらしくて、しっくりと医学的追・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
・・・この社会小説への門としての長篇小説流行が、当時に於てもその長篇小説らしい構成を欠いていること、武田麟太郎の「下界の眺め」にしろ横光利一の「家族会議」にしろ或は「人生劇場」「冬の宿」その他が一様に通俗性に妥協している点で批判を蒙っていたことは・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫