・・・ 私は言下に答えました。「神品です。なるほどこれでは煙客先生が、驚倒されたのも不思議はありません」 王氏はやや顔色を直しました。が、それでもまだ眉の間には、いくぶんか私の賞讃に、不満らしい気色が見えたものです。 そこへちょう・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ アベは言下に返答した。「わたしならば唯こう申します。シャルル六世は気違いだったと。」アベ・ショアズイはこの答を一生の冒険の中に数え、後のちまでも自慢にしていたそうである。 十七世紀の仏蘭西はこう云う逸話の残っている程、尊王の精神に富ん・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 騎兵は言下に刀をかざすと、一打に若い支那人を斬った。支那人の頭は躍るように、枯柳の根もとに転げ落ちた。血は見る見る黄ばんだ土に、大きい斑点を拡げ出した。「よし。見事だ。」 将軍は愉快そうに頷きながら、それなり馬を歩ませて行った・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・が前いったような態度で書いたところの詩でなければ、私は言下に「すくなくとも私には不必要だ」ということができる。そうして将来の詩人には、従来の詩に関する知識ないし詩論は何の用をもなさない。――たとえば詩はすべての芸術中最も純粋なものであるとい・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・き天を頂いて、国家の法を裁すべき判事は、よく堪えてお幾の物語の、一部始終を聞き果てたが、渠は実際、事の本末を、冷かに判ずるよりも、お米が身に関する故をもって、むしろ情において激せざるを得なかったから、言下に打出して事理を決する答をば、与え得・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・然も現下の支那に於ける思想上の混乱に際し、世界キリスト教青年大会というような麗々しい看板をかけて、一体彼等は何をなさんとするかということに対して、こういう反抗の気勢の揚ったのも偶然ではない。 今日の宣教師の中に幾人の人格者があるか。宗教・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・薬の原価代を払ったあと、殆んど無一文の状態で、今日つくった丸薬を今日売らねば、食うに困るというありさまだった。 新聞広告代など財布を叩き破っても出るわけはなく、看板をあげるにもチラシを印刷するにもまったく金の出どころはない。万策つきて考・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・青白い浮腫がむくみ、黝い隈が周囲に目立つ充血した眼を不安そうにしょぼつかせて、「ちょっと現下の世相を……」語りに来たにしては、妙にソワソワと落ち着きがない。綿のはみ出た頭巾の端には「大阪府南河内郡林田村第十二組、楢橋廉吉A型、勤務先大阪府南・・・ 織田作之助 「世相」
・・・と辰弥は言下に答えぬ。綱雄さあ行こうではないか。と善平は振り向きぬ。綱雄は冷々として、はい、参りましょう。 心々に四人は歩み出しぬ。私は先へ行ってお土産を、と手折りたる野の花を投げ捨てて、光代は子供らしく駈け出しぬ。裾はほらほら、雪は紅・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・なぜならば、私の実行的人生に対する現下の実情は、何らの明確な理想をも帰結をも認め得ていないからである。人生の目的は何であろうか。われらが生の理想とすべきものは何であろうか。少しもわかっていない。 もちろんかような問題に関した学問も一通り・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫