・・・只言外に否定している、――これはこの『それだけだ』と言う言葉の最も著しい特色であります。顕にして晦、肯定にして否定とは正に『それだけだ』の謂でありましょう。「この『半肯定論法』は『全否定論法』或は『木に縁って魚を求むる論法』よりも信用を・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・とばかり吐息とともにいったのであるが、言外おのずからその明眸の届くべき大審院の椅子の周囲、西北三里以内に、かかる不平を差置くに忍びざる意気があって露れた。「どうぞまあ、何は措きましてともかくもう一服遊ばして下さいまし、お茶も冷えてしまい・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・と善良な夫は反問の言外に明らかにそんなことはせずとよいと否定してしまった。是非も無い、簡素な晩食は平常の通りに済まされたが、主人の様子は平常の通りでは無かった。激しているのでも無く、怖れているのでも無いらしい。が、何かと談話をしてその糸・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ その日、快晴、談笑の数刻の後、私はお金をとり出し、昨夜の二十枚よりは、新しい、別な二十枚であることを言外に匂わせながら、しかも昨夜この女から受けとったままに、うちの三枚の片隅に赤インキのシミあったことに、はっと気づいて、もうおそい、萱・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・お医者は、その都度、心を鬼にして、奥さまもうすこしのご辛棒ですよ、と言外に意味をふくめて叱咤するのだそうである。 八月のおわり、私は美しいものを見た。朝、お医者の家の縁側で新聞を読んでいると、私の傍に横坐りに坐っていた奥さんが、「あ・・・ 太宰治 「満願」
・・・ 谷崎潤一郎がこの作品に触れての感想で、自分も年を取ったせいか描写でゆく方法が億劫になって来たという意味の言葉を洩し、創作態度としての物語への移行が、作家としての真の発展を意味しないことを言外にこめている。当の作者がそのような自覚に立っ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・は、菊池が自身の側においたような風でいっている警保局云々の考えかたを、そのようにケシかけたりするのは意外のようであるとし、山本有三、佐藤春夫、三上於菟吉、吉川英治その他が組織した文芸院の仕事の価値をも言外にふくめて「文学者がさもしい根性を出・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 作者は、わが名を呼ばざりし国に自分はよこされている、つまり自分はこういうゴタゴタや残酷の中に関係していることは自分の希望ではないのだということを言外にほのめかしているのです。文学の問題としてみた場合、こういうテーマの扱いかたはきわめて・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・例ない峻厳な華族の女の子たちの行紀粛正論をやったということが目立ったぐらいで、敢て道徳問題や親の不取締りとかいう点につき、問題化すものは少く日頃は根掘葉掘りの好きな新聞記者さえ、触れ得ぬ点のあることを言外に仄めかす程度に止っている。 私・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・徳田秋声、菊池寛、久米正雄等の作家たちが、震災以来今日までの十五年間に生きて来た社会的な道すじ、及び今日それぞれの人々が占めているこの社会での在り場所というものを、自ら読者に考えさせる言外の暗示を少なからず含んでいるのである。 この座談・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫