・・・若く元気な生徒らの目にはどこかの別の世界から天下って来たような法学士、農学士、文学士の先生たちがシャツ一つになって校庭で猛烈な練習をリードした。生徒らの目には世界が急に素量的に飛躍したように感ぜられた。そうしてさらに次にきたるべき時代への希・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・藩兵になって日比谷の藩公邸の長屋にいた時分の話なども、なんべん同じ事を聞かされても、そのたびに新しいおもしろみとおかしみを感じさせた。それで子供らは、そういういくつかの取っておきの話の中から、あれをこれをと注文して話させては笑いこけるのであ・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・恐ろしい企をした、西洋では皆打殺す、日本では寛仁大度の皇帝陛下がことごとく罪を宥して反省の機会を与えられた――といえば、いささか面目が立つではないか。皇室を民の心腹に打込むのも、かような機会はまたと得られぬ。しかるに彼ら閣臣の輩は事前にその・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・“ブルジョア議会”の肯定と否定。“ソビエット”と“自由連合”。労働者側では小野が一人で太刀打ちしている。しかし津田はとにかく三吉が黙っているのは、よくわからぬばかりでなくて、小野の態度が極端なうたぐりと感傷とで、ときにはたわいなくさえみえて・・・ 徳永直 「白い道」
・・・霊廟そのものもまた平地と等しくその床に二段の高低がつけてあるので、もしこれを第三の門際よりして望んだならば、内殿の深さは周囲の装飾と薄暗い光線のために測り知るべくもない。この建築全体の法式はつまり人間の有する敬虔崇拝の感情を出来得べき限・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・現にその発現は世の中にどんな形になって、どんなに現れているかと云うことは、この競争劇甚の世に道楽なんどとてんでその存在の権利を承認しないほど家業に励精な人でも少し注意されれば肯定しない訳に行かなくなるでしょう。私は昨晩和歌の浦へ泊りましたが・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・その内容が明暸に心に映ずる点から云えば、のべつ同程度の強さを有して時間の経過に頓着なくあたかも一つ所にこびりついたように固定したものではない。必ず動く。動くにつれて明かな点と暗い点ができる。その高低を線で示せば平たい直線では無理なので、やは・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・しかもそれは単なる否定ではなくして絶対の否定即肯定でなければならない。それは主語的論理が自己自身を否定することによって考えられる実在でなければならない。 デカルトは、自覚の立場から、すべてを否定した。しかし右の如き意味においての、真の否・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ と、深谷の姿が風のように廊下に飛び出して、やにわに廊下の窓から校庭に跳び出した。 安岡の体を戦慄がかけ抜けた。が次の瞬間には、まるで深谷の身軽さが伝染しでもしたように、風のように深谷の後を追った。 深谷は、寄宿舎に属する松林の・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・男女、性を異にするも其間に高低尊卑の差なし。若し其差別ありとならば事実を挙げて証明せざる可らず。其事実をも言わずして古の法に云々を以て立論の根拠とす、無稽に非ずして何ぞや。古法古言を盲信して万世不易の天道と認め、却て造化の原則を知らず時勢の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫