・・・森は早くから外国に留学した薩人で、長の青木周蔵と列んで渾身に外国文化の浸潤った明治の初期の大ハイカラであった。殊に森は留学時代に日本語廃止論を提唱したほど青木よりも一層徹底して、剛毅果断の気象に富んでいた。 青木は外国婦人を娶ったが、森・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・と私は渾身の力を下っ腹に入れて、叫んだ。……老師さん!……老師さん!……老師さん!……さらに反響がなかった。庫裡に廻って電灯の明るい窓障子の下に立って耳を傾けたが、掛時計のカッタンカッタンといういい音のほかには、何にも聞えてこない。私はまた・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
絶望 文造は約束どおり、その晩は訪問しないで、次の日の昼時分まで待った。そして彼女を訪ねた。 懇親の間柄とて案内もなく客間に通って見ると綾子と春子とがいるばかりであった。文造はこの二人の頭をさすって、姉さんの病気は少しは快く・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・ 四肢萎えて、起きあがることさえ容易でなかった。渾身のちからで、起き直り、木の幹に結びつけた兵古帯をほどいて首からはずし、水たまりの中にあぐらをかいて、あたりをそっと見廻した。かず枝の姿は、無かった。 這いまわって、かず枝を捜した。・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・全集の第三巻に「懇親会」という短篇がある。 此時座敷の隅を曲って右隣の方に、座蒲団が二つ程あいていた、その先の分の座蒲団の上へ、さっきの踊記者が来て胡坐をかいた。横にあった火鉢を正面に引き寄せて、両手で火鉢の縁を押えて、肩を怒らせた・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・われらは渾身の気力を挙げて、われらが過去を破壊しつつ、斃れるまで前進するのである。しかもわれらが斃れる時、われらの烟突が西洋の烟突の如く盛んな烟りを吐き、われらの汽車が西洋の汽車の如く広い鉄軌を走り、われらの資本が公債となって西洋に流用せら・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・「あれは皆新年官民懇親会に行くのヨ。」「それじゃあしも行って見よう。」「おい君も上るのか。上るなら羽織袴なんどじゃだめだヨ。この内で著物を借りて金剛杖を買って来たまえ。」「そうか。それじゃ君待ってくれたまえ。(白衣に著更サア君行こう。富士山・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・もし山男が来なかったら、仕方ないからみんなの懇親会ということにしようと、めいめい考えていました。 ところが山男が、とうとうやって来ました。丁度、六時十五分前に一台の人力車がすうっと西洋軒の玄関にとまりました。みんなはそれ来たっと玄関にな・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・ ハーレー街の慈善病院監督となった翌年、三十四歳のフロレンス・ナイチンゲールが遂にその渾身の力を傾けて遂行すべき仕事が起った。一八五三年に英露のトルコ分割を目的とするクリミヤ戦争が起った。この戦役におけるイギリス負傷兵の状況の酸鼻が、し・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・住民たちは、侵略の恐ろしい暴力とたたかったのであったが、このたびの第二次世界戦争においても、豊かに波だつ麦畑と、それを粉に挽く風車の故に、ウクライナ自治共和国は渾身の力をふるって敵に当らなければならなかった。 ウクライナの村々から、男は・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
出典:青空文庫