・・・ するとある年のなたら(降誕祭の夜、悪魔は何人かの役人と一しょに、突然孫七の家へはいって来た。孫七の家には大きな囲炉裡に「お伽の焚き物」の火が燃えさかっている。それから煤びた壁の上にも、今夜だけは十字架が祭ってある。最後に後ろの牛小屋へ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・「ジェズスは我々の罪を浄め、我々の魂を救うために地上へ御降誕なすったのです。お聞きなさい、御一生の御艱難辛苦を!」 神聖な感動に充ち満ちた神父はそちらこちらを歩きながら、口早に基督の生涯を話した。衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・それにしても聖処女によって世に降誕した神の子基督の御顔を、金輪際拝し得られぬ苦しみは忍びようがなかった。クララはとんぼがえりを打って落ちながら一心不乱に聖母を念じた。 ふと光ったものが眼の前を過ぎて通ったと思った。と、その両肱は棚のよう・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・無憂樹の花、色香鮮麗にして、夫人が無憂の花にかざしたる右の手のその袖のまま、釈尊降誕の一面とは、ともに城の正室の細工だそうである。 面影も、色も靉靆いて、欄間の雲に浮出づる。影はささぬが、香にこぼれて、後にひかえつつも、畳の足はおのずか・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・なんでも剛胆なやつが危険な目に逢えば逢うほど、いっそう剛胆になるようで、何かしら邪魔がはいれば、なおさら恋しゅうなるものでな、とても思い切れないものだということを知っているから、ここでおもしろいのだ。どうだい、おまえは思い切れるかい、うむ、・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ 人のいい優しい、そして勇気のある剛胆な、義理の堅い情け深い、そして気の毒な義父が亡くなってから十三年忌に今年が当たる、由って紀念のために少年の時の鹿狩りの物語をしました。 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・こんなとき、いつも雑談の中心となるのは、鋳物工で、鉄瓶造りをやっていた、鼻のひくい、剛胆な大西だった。大西は、郷里のおふくろと、姉が、家主に追立てを喰っている話をくりかえした。「俺れが満洲へ来とったって、俺れの一家を助けるどころか家賃を・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 二 誰れだって、シベリアに長くいたくはなかった。 豪胆で殺伐なことが好きで、よく銃剣を振るって、露西亜人を斬りつけ、相手がない時には、野にさまよっている牛や豚を突き殺して、面白がっていた、鼻の下に、ちょんびり髭を・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・そうしてエイズス・キリストスの降誕、受難、復活のてんまつ。シロオテの物語は、尽きるところなかった。 白石は、ときどき傍見をしていた。はじめから興味がなかったのである。すべて仏教の焼き直しであると独断していた。 白石のシロオテ訊問・・・ 太宰治 「地球図」
・・・この人の話した色々の話の中で今でも覚えているのは、外科手術に対して臆病な人や剛胆な人の実例の話である。あるちょっとした腫物を切開しただけで脳貧血を起して卒倒し半日も起きられなかった大兵肥満の豪傑が一方の代表者で、これに対する反対に気の強い方・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
出典:青空文庫