・・・そこへ入って、ごたごたした乗客の中へ島田が隠れた。 その女は、丈長掛けて、銀の平打の後ざし、それ者も生粋と見える服装には似ない、お邸好みの、鬢水もたらたらと漆のように艶やかな高島田で、強くそれが目に着いたので、くすんだお召縮緬も、なぜか・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・早く横になれるところをと焦っても、旅館はおろか貸間を探すにも先ず安いところをという、そんな情ない境遇を悲しんでごたごたした裏通りを野良猫のように身を縮めて、身を寄せて、さまよい続けていたのだった。 やはり冬の、寒い夜だったと、坂田は想い・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・それで今夜はごたごたして居るから明日お目にかかる積りでいましたの。」 さて大友はお正に会ったけれど、そして忘れ得ぬ前年の夜と全然く同じな景色に包まれて同じように寄添うて歩きながらも、別に言うべき事がない。却ってお正は種々の事を話しかける・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・嫂も三十年ぶりでの帰省とあって、旧なじみの人たちが出たりはいったりするだけでも、かなりごたごたした。 人を避けて、私は眺望のいい二階へ上がって見た。石を載せた板屋根、ところどころに咲きみだれた花の梢、その向こうには春深く霞んだ美濃の平野・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ほんに、あれがなかったら――どうして、あなた、私も今日までこうして気を張って来られすか――蜂谷さんも御承知なあの小山の家のごたごたの中で、十年の留守居がどうして私のようなものに出来すか――」 思わずおげんは蜂谷を側に置いて、旧馴染にしか・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・内は反ってごたごたいたしますから」 とお力は款待顔に言って、お三輪のために膳、箸、吸物椀なぞを料理場の方から運んで来た。「おお、これはおめずらしい」 と言いながら、お三輪はすっぽん仕立の吸物の蓋を取った。 食堂の方でも客の食・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・家のくずれかたむいた人は地震のゆれかえしをおそれて、街上へ家財をもち出し、布や板で小屋がけをして寝たり、どのうちへも大てい一ぱい避難者が来て火事場におとらずごたごたする中で、一日二日の夜は、ばく弾をもった或暴徒がおそって来るとか、どこどこの・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・家のうしろは、ちょっとした空地で、まん中に何かをたてようとした足場らしいものが、くずれかけたまま、ほうりっぱなされており、ぐるり一面にはごみくずや、いろんなきたならしいものが、ごたごたすててあります。犬はその空地の片すみにころがっている、底・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ その他、 農家。絵本。秋ト兵隊。秋ノ蚕。火事。ケムリ。オ寺。 ごたごた一ぱい書かれてある。 太宰治 「ア、秋」
・・・ていて、屋台のほうも父と二人でやっていましたのですが、いまのあの人がときどき屋台に立ち寄って、私はそのうちに父をあざむいて、あの人と、よそで逢うようになりまして、坊やがおなかに出来ましたので、いろいろごたごたの末、どうやらあの人の女房という・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫