・・・て、物理の発明に富むのみならず、その発明したるものを、人事の実際に施して実益を取るの工風、日に新たにして、およそ工場または農作等に用うる機関の類はむろん、日常の手業と名づくべき灌水・割烹・煎茶・点燈の細事にいたるまでも、悉皆学問上の主義にも・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 例えばキリストを主題とした小説を書こうとしますと、それは結果の上には何も現わさない場合でも、準備として、その土地、年代、土地の風俗、特別に行う祭事などを研究しなければなりません。けれども、その位の努力は誰でも払うものだときまっていると・・・ 宮本百合子 「処女作より結婚まで」
・・・爺いさんは眼鏡を掛けて本を読む。細字で日記を附ける。毎日同じ時刻に刀剣に打粉を打って拭く。体を極めて木刀を揮る。婆あさんは例のまま事の真似をして、その隙には爺いさんの傍に来て団扇であおぐ。もう時候がそろそろ暑くなる頃だからである。婆あさんが・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・行儀の好いお家流の細字を見れば、あの角縁の目金を掛けたお祖母あさんの顔を見るようである。 歳暮もおひおひ近く相成候へば、御上京なされ候日の、指折る程に相成候を楽み居り候。前便に申上候井上の嬢さんに引き合せくれんと、谷田の奥さんが申され候・・・ 森鴎外 「独身」
・・・石田は床の間に、軍人に賜わった勅語を細字に書かせたのを懸けている。これを将校行李に入れてどこへでも持って行くばかりで、外に掛物というものは持っていないのである。書画の話なんぞが出ると、自分には分らないと云って相手にならない。 翌日あたり・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫