・・・そこで、私は町の中部のかなり賑かな通へ出て、どこか人にも怪まれずに、蹲むか腰掛けかする所をと探すと、ちょうど取引会所が目についた。盛んに米や雑穀の相場が立っている。広い会所の中は揉合うばかりの群衆で、相場の呼声ごとに場内は色めきたつ。中には・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・僕らが子供の頃、黒い顔の初代春団治が盛んにややこしい話をして船場のいとはんたちを笑わせ困らせていた「花月」は、今は同じ黒い顔のエンタツで年中客止めだ。さて、花月もハネて、帰りにどこぞでと考えると、「正弁丹吾亭」がある。千日前――難波新地の路・・・ 織田作之助 「大阪発見」
神田の司町は震災前は新銀町といった。 新銀町は大工、屋根職、左官、畳職など職人が多く、掘割の荷揚場のほかにすぐ鼻の先に青物市場があり、同じ下町でも日本橋や浅草と一風違い、いかにも神田らしい土地であった。 喧嘩早く、・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・ 舞台の上では印度人が、看板画そっくりの雰囲気のなかで、口から盛んに火を吹いていた。それには怪しげな美しささえ見えた。 やっと済むと幕が下りた。「ああおもしろかった」ちょっと嘘のような、とってつけたように勝子が言った。言い方がお・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・大工とか左官とかそういった連中が溪のなかで不可思議な酒盛りをしていて、その高笑いがワッハッハ、ワッハッハときこえて来るような気のすることがある。心が捩じ切れそうになる。するとそのとたん、道の行手にパッと一箇の電燈が見える。闇はそこで終わった・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・ 一同は寒気を防ぐために盛んに焼火をして猟師を待っているとしばらくしてなの字浦の方からたくましい猟犬が十頭ばかり現われてその後に引き続いて六人の猟師が異様な衣裳で登って来る、これこそほんとの山賊らしかった。 その鉄砲は旧式で粗末なも・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 現代青年学生は盛んに、しかしながら賢明に書を読まねばならぬ。しかしながら最後には、人間教養の仕上げとしての人間完成のためには、一切の書物と思想とを否定せねばならぬものであることを牢記しておくべきものである。 キリストのいうように「・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 兵士は、その殆んどすべてが、都市の工場で働いていた者たちか、或は、農村で鍬や鎌をとっていた者たちか、漁村で働いていた者たちか、商店で働いていた者たちか、大工か左官の徒弟であった者たちか、そういう青年たちばかりだ。小学校へ行っている時分・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・実におもしろい事で、また盛んなことで、有難い事で、意義ある事である。悪口をいえば骨董は死人の手垢の附いた物ということで、余り心持の好いわけの物でもなく、大博物館だって盗賊の手柄くらべを見るようなものだが、そんな阿房げた論をして見たところで、・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「きのうまで左官屋さんがはいっていた。庭なぞはまだちっとも手がつけてない。」 と、太郎は私に言ってみせた。 何もかも新規だ。まだ柱時計一つかかっていない炉ばたには、太郎の家で雇っているお霜婆さんのほかに、近くに住むお菊婆さんも手・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫