・・・穂吉のお母さんの梟はまるで帛を裂くように泣き出し、一座の女の梟は、たちまちそれに従いて泣きました。 それから男の梟も泣きました。林の中はただむせび泣く声ばかり、風も出て来て、木はみなぐらぐらゆれましたが、仲々誰も泣きやみませんでした。星・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・でそんなら門歯は何のため、門歯は食物を噛み取る為臼歯は何のため植物を擦り砕くため、犬歯はそんなら何のためこれは肉を裂くためです。これでお判りでしょう。臼歯は草食動物にあり犬歯は肉食類にある。人類に混食が一番適当なことはこれで見てもわかるので・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・第二の精霊 お主の心の花の咲くのをまちかねて居るのじゃ、幼子の様なお主の瞳にかがやきのそわるのをまちかねて居るのじゃ。第三の精霊はかるくふるえながら木のかげから出て来る。精女、二人の精霊は気がつかずに居るといきなり馳って精女の前・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 私の囲りには常にめぐみと友愛と骨肉のいかなる力も引き割く事の出来ない愛情の連鎖がめぐって居るではないか。 実に感謝すべき事である。 夢の如く生れて音もなく消え去った私の妹の短かい、何の足跡も残さない一生涯を見るにつけ、知らず知・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・働く人民にとって、こういう風に互の一致を裂くように仕向けられているということは、十分注意しなければならない点である。 農民と都市の勤労者との間にも、同じような離間の方法がとられている。精根つくして自分で米をつくっている農民が、強制供出に・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・しかし、その谷崎自身が、芸術家としての老いの自覚として、自分も年をとった故か昔のように客観描写の小説などを書くのが近頃面倒くさくなったと云っていることを、日本文学と作家生活とへの意味深い警告として心に聴き止めた人々は果して幾何あったであろう・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・そういえば、どんなに綺麗な蛾にしても、灯のまわりを煩さく飛びまわられては嫌いです。嫌いといえば、何よりもたまらないのはノミ。 植物 わたくしは机上に年中花を絶やしたことがありません。花はいつも小さいのを選びます・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・根を熱湯につけてさすと一日一日、新しい花がさくと云ったが咲かず、二日目に、葉ばかりになった。 柳やの女中 薄馬鹿で色情狂、 甚兵衛の家に肴をとどけて来て、かえりになかなか柳やへ戻らず。女房丁度雨がふり出したので傘・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・あなたは一体どんな人そんなにたのしくキラキラと天のダイヤモンド そのように……偉いお日さんが落ちたあとしない内気な若草が夜つゆにしめる其の時に貴方の小さいしとやかな光が小さく見えてますかがやけかがやけ 小さ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・「あしたの朝、あの方もさくね」「もうあすこまで開くと一息です」「……いいねえ……」 恍惚と和いだ眼に限りない満足の色を泛べて見入っていた幸雄は、とてもその素晴らしい花から遠のいていられないらしかった。彼はまた下駄を穿いた。そ・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫