・・・己が肉身は、三身即一の本覚如来、煩悩業苦の三道は、法身般若外脱の三徳、娑婆世界は常寂光土にひとしい。道命は無戒の比丘じゃが、既に三観三諦即一心の醍醐味を味得した。よって、和泉式部も、道命が眼には麻耶夫人じゃ。男女の交会も万善の功徳じゃ。われ・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・ 沼津に向って、浦々の春遅き景色を馳らせる、……土地の人はと云う三津の浦を、いま浪打際とほとんどすれすれに通る処であった。しかし、これは廻り路である。 小暇を得て、修善寺に遊んだ、一――新聞記者は、暮春の雨に、三日ばかり降込められた・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・道後の旅店なんかは三津の浜の艀の着く処へ金字の大広告をする位でなくちゃいかんヨ。も一歩進めて、宇品の埠頭に道後旅館の案内がある位でなくちゃだめだ。松山人は実に商売が下手でいかん。」「なるほどこりゃ御城山に登る新道だナ。男も女も馬鹿に沢山・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ 七月十九日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 七月十九日 日曜日 午後四時 第三信 蝉の声がしている。ピアノの音がしている。 二階に上って来て手摺から見下したら大きい青桐の木の下に数年前父が夕涼みの・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 五月十日朝 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より〕 五月十日、第十三信の副。 五月三日におめにかかってかえりましたら、午後四時すぎに倉知の叔父が六十九歳で死去いたしました。私はいそがしいので儀式だけですまそうとしたが・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 十二月二十四日〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より〕 第三信 十二月二十四日。午後。 今日は。いかがですか。お体の工合、本の工合、その他いかがですか。きょうは、曇天ではあるが気候は暖かで、私は毛糸のむくむくした下へ着・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・膳部を引く頃に、大沢侍従、永井右近進、城織部の三人が、大御所のお使として出向いて来て、上の三人に具足三領、太刀三振、白銀三百枚、次の三人金僉知らに刀三腰、白銀百五十枚、上官二十六人に白銀二百枚、中官以下に鳥目五百貫を引物として贈った。 ・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫