・・・まっ白な広間の寂寞と凋んだ薔薇の莟のと、――無数の仔蜘蛛を生んだ雌蜘蛛はそう云う産所と墓とを兼ねた、紗のような幕の天井の下に、天職を果した母親の限りない歓喜を感じながら、いつか死についていたのであった。――あの蜂を噛み殺した、ほとんど「悪」・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・ 本当の科学を修めるのみならずその研究に従事しようというものの忘るべからざる事は、このような雷同心の芟除にある。換言すれば勉めて旋毛を曲げてかかる事である。如何なる人が何と云っても自分の腑に落ちるまでは決して鵜呑みにしないという事である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・あまりに募る迫害に恐れたのか、それともまた子猫がもう一人前になったのか、縁の下の産所も永久に見捨ててどこかへ移って行った。それでも時々隣の離れの庇の上に母子の姿を見かける事はあった。子猫は見るたびごとに大きくなっているようであった。そしても・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・日本文化連盟会長松本学氏賛助、会員二十三名。行動をさける建前で、文壇のほか美術、楽壇からの参加も見る筈であり、綱領、会則等の規定なく、会員の加入脱会も自由という「フリーな立場で日本の神経を掘り下げる」組織としてあらわれた。会員の顔ぶれとして・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
出典:青空文庫