・・・打帽を衝て猛然とハンドルを握ったまではあっぱれ武者ぶりたのもしかったがいよいよ鞍に跨って顧盻勇を示す一段になるとおあつらえ通りに参らない、いざという間際でずどんと落ること妙なり、自転車は逆立も何もせず至極落ちつきはらったものだが乗客だけはま・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・という至極簡単なみだしです。内容も従って簡単なものであります。まあそれをちょっとわずかばかり御話をしようと思う。 元来こんな所へ来て講演をしようなどとは全く思いもよらぬことでありましたが、「是非出て来い」とこういう訳で、それでは何か問題・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・その考えは平田の傍に行ッているはずの心がしているので、今朝送り出した真際は一時に迫って、妄想の転変が至極迅速であッたが、落ちつくにつれて、一事についての妄想が長くかつ深くなッて来た。 思案に沈んでいると、いろいろなことが現在になッて見え・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・左れば子に対して親の教を忽にす可らずとは尤至極の沙汰にして、左もある可きことなれども女子に限りて男子よりも云々とは請取り難し。男の子なれば之を寵愛して恣に育てるも苦しからずや。養家に行きて気随気儘に身を持崩し妻に疏まれ、又は由なき事に舅を恨・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・り教えとなることなれば、縦令父母には深き考えなきにもせよ、よくよくその係り合いを尋ぬれば、一は怒りの情に堪えきらざる手本になり、一は誤りを他に被せて自ら省みず、むやみに復讐の気合いを教え込むものにて、至極有り難からぬ教育なり。そのほか叱るべ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・この卑下、正直、芸術尊敬の三つのエレメントが抱和した結果はどうかと云うに、まあ、こんな事を考える様になったんだ――将来は知らず、当時の自分が文壇に立つなどは僭越至極、芸術を辱しむる所以である。正直の理想にも叶って居らん……と思うものの、また・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・「左様、左様、至極ご尤なご質問です。私の方は太陰暦を使う関係上、月曜日が休みです。」 私はすっかり感心しました、この調子ではこの学校は、よほど程度が高いにちがいない、事によると狐の方では、学校は小学校と大学校の二つきりで、或はこの茨・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
十何年か前、友達が或る婦人団体の機関誌の編輯をしていたことがあった。一種の愛国団体で、その機関誌も至極安心した編集ぶりを伝統としていたのであったが、あるとき、その雑誌に一篇の童話が載った。そんな雑誌としては珍らしい何かの味・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・に扱われているような至極手のこんだデカダニズムなど。それとても条件の自由なスクリーンの上での影である。われわれを埃っぽくとりまく実際のきのう、きょうを見わたして、新しい恋愛や結婚が、はたしてブルジョア社会のどこに見出せるであろうか。 子・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・最初討手を仰せつけられたときに、お次へ出るところを劍術者新免武蔵が見て、「冥加至極のことじゃ、ずいぶんお手柄をなされい」と言って背中をぽんと打った。十太夫は色を失って、ゆるんでいた袴の紐を締め直そうとしたが、手がふるえて締まらなかったそうで・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫