・・・すぐ第一等の女工さんでごく上等のものばかり、はんけちと云って、薄色もありましょうが、おもに白絹へ、蝶花を綺麗に刺繍をするんですが、いい品は、国産の誉れの一つで、内地より、外国へ高級品で出たんですって。」「なるほど。」 ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 高等学校の万年三年生の私は、一眼見て静子を純潔で知的な女だと思い込み、ランボオの詩集やニイチェの「ツアラトウストラ」などを彼女に持って行くという歯の浮くような通いかたをした挙句、静子に誘われてある夜嵐山の旅館に泊った。寝ることになり、・・・ 織田作之助 「世相」
一 十一月某日、自分は朝から書斎にこもって書見をしていた。その書はウォーズウォルス詩集である、この詩集一冊は自分に取りて容易ならぬ関係があるので。これを手に入れたはすでに八年前のこと、忘れもせぬ九月二十一日の夜であった。ああ八年・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・枕辺近く取り乱しあるは国々の詩集なり。その一つ開きしままに置かれ、西詩「わが心高原にあり」ちょう詩のところ出でてその中の『いざさらば雪を戴く高峰』なる一句赤き線ひかれぬ。乙女の星はこれを見て早くも露の涙うかべ、年わかき君の心のけだか・・・ 国木田独歩 「星」
・・・樋口一葉 にごりえ、たけくらべ有島武郎 宣言島崎藤村 春、藤村詩集野上弥生子 真知子谷崎潤一郎 春琴抄倉田百三 愛と認識との出発、父の心配 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 室内には、古いテーブルや、サモールがあった。刺繍を施したカーテンがつるしてあった。でも、そこからは、動物の棲家のように、異様な毛皮と、獣油の臭いが発散して来た。 それが、日本の兵卒達に、如何にも、毛唐の臭いだと思わせた。 子供・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そろそろ女の洋服がはやって来て、女学校通いの娘たちが靴だ帽子だと新規な風俗をめずらしがるころには、末子も紺地の上着に襟のところだけ紫の刺繍のしてある質素な服をつくった。その短い上着のまま、早い桃の実の色した素足を脛のあたりまであらわしながら・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・唐本の詩集などを置いた小机がある。一方には先の若い奥さんの時代からあった屏風も立ててある。その時、先生は近作の漢詩を取出して高瀬に見せた。中棚鉱泉の附近は例の別荘へ通う隠れた小径から対岸の村落まで先生の近作に入っていた。その年に成るまで真実・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・おせんは編物ばかりでなく、手工に関したことは何でも好きな女で、刺繍なぞも好くしたが、終にはそんな細い仕事にまぎれてこの部屋で日を送っていたことを考えた。 悲しい幕が開けて行った。大塚さんはその刺繍台の側に、許し難い、若い二人を見つけた。・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・くろんぼはそこに坐って、刺繍をしていた。このような暗闇のなかでどんな刺繍ができるものかと、少年は抜けめのない紳士のように、鼻の両わきへ深い皺をきざみこませ口まげてせせら笑ったものである。 日本チャリネがくろんぼを一匹つれて来た。村は、ど・・・ 太宰治 「逆行」
出典:青空文庫