・・・指に持ちにくくなった鉛筆などは必らず少し太い筆の軸へ挟んで用いて居て、而もこれを至当の事と信じて居ました。種善院様も非常に厳格な方で、而も非常に潔癖な方で、一生膝も崩さなかったというような行儀正しい方であったそうですが、観行院様もまた其通り・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 自分はもう深入りしてこの児の家の事情を問うことを差控えるのを至当の礼儀のように思った。 では兄さん、この残り餌を土で団めておくれでないか、なるべく固く団めるのだよ、そうしておくれ。そうしておくれなら、わたしが釣った魚を悉皆でもいく・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・軽蔑されて、至当なのである。 君は苦しいか、と私は私の無邪気な訪客に尋ねる。それあ、苦しいですよ、と饅頭ぐっと呑みこんでから答える。苦しいにちがいないのである。青春は人生の花だというが、また一面、焦燥、孤独の地獄である。どうしていいか、・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・ このごろ私は、誰にでも底知れぬほど軽蔑されて至当だと思っている。芸術家というものは、それくらいで結構なんだ。人間としての偉さなんて、私には微塵も無い。偉い人間は、咄嗟にきっぱりと意志表示が出来て、決して負けず、しくじらぬものらしい。私・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 指頭大の穴が三つばかり明いて、その周囲から喰み出した繊維がその穴を塞ごうとして手を延ばしていた。 そんな事はどうでもよいが、私の眼についたのは、この灰色の四十平方寸ばかりの面積の上に不規則に散在しているさまざまの斑点であった。・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・撚りをかけながら左の手を引き退けて行くと、見る見る指頭につまんだ綿の棒の先から細い糸が発生し延びて行く、左の手を伸ばされるだけ伸ばしたところでその手をあげて今できあがっただけの糸を紡錘に通した竹管に巻き取る、そうしておいて再び左手を下げて糸・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・そうした夜は夜ふけるまでその話を分析したり総合したりして、最後に、その先輩と自分との境遇の相違という立場から、二人のめいめいの病気に対する処置をいずれも至当なものとして弁明しうるまで安眠しない事もあった。またたとえばある日たずねて来た二人が・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・浴衣の膝頭に指頭大の穴があいたのを丹念に繕ったのが眼についた。汚れた白足袋の拇指の破れも同じ物語を語っていた。 相場師か請負師とでもいったような男が二人、云い合わせたように同じ服装をして、同じ折かばんを膝の上に立てたり倒したりしながら大・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その青白い粉を吹いたような葉を取って指頭でもむと一種特別な強い臭気を放つのである。この木は郷里の家以外についぞどこでも見たという記憶がない。近ごろよく喫茶店などの卓上を飾るあの闊葉のゴムの木とは別物である。しかし今でも時々このいわゆる「ゴム・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 五 ヴィオリンをやっていて、始めてセロを手にしてみると、楽器の大きさを感じるのはもちろんであるが、指頭に感じる絃の大きさ、指の開きの広さなどが、かなり不思議な心持を起させる。それで一と月二た月ヴィオリンを手・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫