・・・三次元の実体は二つ同時に同一空間を占める事はできないが、平面は何枚重ねても平面であるから、映画の写像はいくつでも重ね写しができる。オーヴァーラップの技巧はこの点を利用したものに過ぎない。しかも、これによって、生きている人をそのままに透明な幽・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ これから考えると、あらゆる忠実な記録というものが文学の世界で占める地位、またその意義というような事が次の問題になって来るのである。 記録としての文学と科学 史実というものは文学を離れては存在することが困難なよう・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・こういう場合にその同じ部門の専門家が審査員になっていれば、当該方面の文献も手近に揃っており、従って提出された仕事がその方面の領域で占める地位とその幅員も判断されやすい。しかし、こういう代表的なアカデミックな仕事ですらも審査員の眼界があまりに・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・右の腰部からまっ黒な血がどくどく流れ出して氷盤の上を染める。映画では黒いだけのこの血が実際にはいかに美しく物すごい紅色を氷海のただ中に染め出したことであろう。そのうちにまたいくつかの弾をくらったらしい。いくら逃げても追い駆けて来る体内の敵を・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・少なくもわが国民の民族魂といったようなものの由来を研究する資料としては、万葉集などよりもさらにより以上に記紀の神話が重要な地位を占めるものではないかという気がする。 以上はただ一人の地球物理学者の目を通して見た日本神話観に過ぎないのであ・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・それで結局私のレコード箱にはヴィクターの譜が大部分を占めるようになった。 妙なもので、初めのうちは「牛若丸」や「うさぎとかめ」などを喜んだ子供らも、じきに、そういうものよりは、やはりあちらの名高い曲のいいレコードを喜ぶようになった。きょ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ だれであったか忘れたが昔のギリシアの哲学者の一人は集会所のベンチの片端に席を占める癖があった。人がその理由を尋ねたら「せめて片側だけでも自由がほしい」と答えたそうである。昔も今もこうしたわがままなエゴイストの心理は同様だと見える。・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・もし、ほんの表面の薄い層だけ湿るようなやり方をしていると、芝の根がついつい欺されて甘やかされて、浅い上層だけに発達して来る。そうして大旱に逢った時に、深層の水分を取ることが出来なくなって、枯死してしまう。 少し唐突な話ではあるが、これと・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・ 以上の譬喩は拙ではあるが、ルクレチウスが現代科学に対して占める独特の位地を説明する一助となるであろう。 誤解のないために繰り返して言う。ルクレチウスのみでは科学は成立しない。しかしまたルクレチウスなしには科学はなんら本質的なる進展・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・足をかわすたびにポクリ、ポクリと、足くびまでうずめる砂ほこりが、尻ばしょりしている毛ずねまで染める。暑い午下りの熱気で、ドキン、ドキンと耳鳴りしている自分を意識しながら歩いている。その眼路のはるかつきるまで、咽喉のひりつくような白くかわいた・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫