・・・「そして静かに窓をしめてまた自分のベッドへ帰って寝たというのですが――これはずいぶんまえに読んだ小説だけれど、変に忘れられないところがあって僕の記憶にひっかかっている」「いいなあ西洋人は。僕はウィーンへ行きたくなった。あっはっは。そ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・と帯締めの打紐を解きつ結びつ。 綱雄といえば旅行先から、帰りがけにここへ立ち寄ると言ってよこしたが、お前はさぞ嬉しかろうなとからかい出す善平、またそのようなことを、もう私は存じませぬ、と光代はくるりと背後を向いて娘らしく怒りぬ。 善・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・うや、目さめし時は東の窓に映る日影珍しく麗かなり、階下にては母上の声す、続いて聞こゆる声はまさしく二郎が叔母なり、朝とく来たりて何事の相談ぞと耳そばだつれど叔母の日ごろの快活なるに似ず今朝は母もろともしめやかに物語して笑い声さえ雑えざるは、・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・否、一月に一度ぐらいは引き出されて瞥見された事もあったろう、しかし要するに瞥見たるに過ぎない、かつて自分の眼光を射て心霊の底深く徹した一句一節は空しく赤い線青い棒で標点けられてあるばかりもはや自分を動かす力は消え果てていた。今さらその理由を・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・武の家は一軒の母屋と一軒の物置とありますが物置はいつも戸が〆切ってあってその上に崕から大きな樫の木がおっかぶさっていますから見るからして陰気なのでございます。母屋も広い割合には人気がないかと思われるばかり、シンとしているのです。家にむかいあ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・また問いこそその討究を真剣ならしめる推進機である。いかに問うかということ、その問い方の大いさ、深さ、強さ、細かさがやがてその解答のそれらを決定する条件である。故に倫理学の書をまだ一ページもひるがえさぬ先きに、倫理的な問いが研究者の胸裡にわだ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・これが青年の健康性の標徴だ。ヒューマニティーの根源だ。この二つのものは同時に起こるだけでなく、まじり合い、とけ合って起こるのだ。この二つがまじり合って起こらないなら、それは病的徴候であり、人間性の邪道に傾きを持ってるものとして注意しなければ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・実際それらの教団の中には理論のための理論をもてあそぶソフィスト的学生もあれば、論争が直ちに闘争となるような暴力団体もあり、禅宗のように不立文字を標榜して教学を撥無するものもあれば、念仏の直入を力調して戒行をかえりみないものもあった。 世・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・これを力説強調して、労働者、農民大衆を××せしめ、×××××××××××××。 戦時に於ける、反戦文学の主要力点は、こゝに注がれなければならぬ。 プロレタリアートは、××のために起って来る、経済的、政治的危機を××××「資本主義社会・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・それと引違えて徐に現れたのは、紫の糸のたくさんあるごく粗い縞の銘仙の着物に紅気のかなりある唐縮緬の帯を締めた、源三と同年か一つも上であろうかという可愛らしい小娘である。 源三はすたすたと歩いていたが、ちょうどこの時虫が知らせでもしたよう・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫