・・・さなくても骨ばかりの痩せた身体に終始痛みが加わるので、僅かの身動きさえならず、苦しいの苦しくないのと、そんなことをいうだけ野暮な位になって来た。始めは客のある時は客の前を憚かって僅に顔をしかめたり、僅に泣声を出す位な事であったが、後にはそれ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・けだし走者の多き時は遊技いよいよ複雑となるにかかわらず球は終始ただ一個あるのみなればなり。今走者と球との関係を明かにせんに走者はただ一人敵陣の中を通過せんとするがごとき者、球は敵の弾丸のごとき者なり。走者は正方形の四辺を一周せんとする者にし・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・ 毒もみ収支計算 費用の部 一、金 二両 山椒皮 一俵 一、金 三十銭 灰 一俵 計 二両三十銭也 収入の部 一、金 十三両 鰻 十三斤 一、金 十両 その他見積り ・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・余は彼が何処までも彼の面目を失ふことなく、其恋を終始せんとするを見て今更に云ふ可からざる感慨に入らんとするなり。嗚呼彼女の堅き頑なゝる皮殼を破りて中心に入り、彼女が聖愛によりて救はるゝの時来らん事を見るは如何によき事なる可きぞ。余は主の摂理・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・勿論彼女は驚く、疑う、解決を得ようとするだろう、大切な事は、この時彼女が終始自分を失わず、行くべき方向を遠望して、自らの決定と自らの意志でそれを体験して行く丈の力が有るかどうかと云う事なのである。 この様な時大抵の場合には、何時か知らな・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・今日の少年少女たちの日常のなかには一つのスウィッチの形で出現している多種多様な働きの電気というものを、人間生活にとりいれ、こわいものから便利なものにかえて来た道が、終始一貫して全く実験の立場からもたらされ導かれたものであることを、コフマンは・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
伝統的な女形と云うものの型に嵌って終始している間、彼等は何と云う手に入った風で楽々と演こなしていることだろう。きっちりと三絃にのり、きまりどころで引締め、のびのびと約束の順を追うて、宛然自ら愉んでいるとさえ見える。 旧・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・実際に百貨店の娘さんたちの動きを見ていると、陳列台や勘定台の間を終始動いている動きは、劇しくせわしいけれども、動きそのものとして実に小刻みで小さい。若い脚がのびたいだけ伸ばされ、しなやかな背中が向きたいだけ大きく向きかわって闊達に動作してい・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・のであったが、古典作品の鑑賞に於ては或る意味でのペダンティシズムが跳梁するばかりであるし、作品の現実はその関心の中心が益々技巧専一の職人的傾向に陥り、しかもそれらについての是非の論は結局文壇の机上論に終始する傾きにあった。これにあきたらず、・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・自分は飽食し、安穏に良人と召使とにかしずかれ、眉をかいた細君が、一種の自己陶酔の中で高々とうたい上げる祝詞のような皇軍の歌のかげに、生きて、食っているもののいいようのない脂のこさ、残酷さを感じる心は、決して銃後の女のまじめさと心やさしさに反・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
出典:青空文庫