・・・は、この作家が彼の主観の角度にしたがってソヴェトから何をどう見て来たかというそのこと自体を、現代文化の崩壊的な一つの現実の姿として眺めるために役立ちはするが、ソヴェト生活のルポルタージュであると云えないことは周知のとおりである。 徳永直・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・真白い毛糸の首巻から、陽やけのした、今は上気せている顔が強い対照をなしている。奥の方の男は、眠っているうちに段々そうなったという風で、窮屈そうにやはりインバネスの大きい肩をねじって窓枠に顔をおっつけて睡ているのである。 むこう向きに赤い・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・その社としては懐古的な意味をもった催しであったが、主幹に当る人はそのテーブル・スピーチで今日社が何十人かの人々を養って行くことが出来るのも偏に前任者某氏の功績である云々と述べた。今日に当って某誌が日本の文化を擁護しなければならぬ義務の増大し・・・ 宮本百合子 「微妙な人間的交錯」
・・・客観的には元から幽霊は幽霊であったのだが、昔それに無い内容を嘘き入れて、有りそうにした主観までが、今は消え失せてしまっている。怪談だの百物語だのと云うものの全体が、イブセンの所謂幽霊になってしまっている。それだから人を引き附ける力がない。客・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・何ぜならこれは、今迄用い適用されていた感覚が、その触発対象を客観的形式からより主観的形式へと変更させて来たからに他ならない。だが、そこに横たわった変化について、理論的形式をとってより明確な妥当性を与えなければならないとなると、これは少なから・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・それをやって見たところで、ただ父が主観的に満足するだけのことに過ぎぬ。いや、その満足も疑わしい。直接行動煽動者として拘引でもされようものなら、官憲に対する烈しい反抗心が起こるであろう。聴衆に冷笑されたりしようものなら、日本人が皆非国民になっ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・自分にとって鮮明でないからといってその物を無意義とするのは単なる主観主義に過ぎない。それはまた幼稚の異名である。我々は日本の文化の現状がまだこの幼稚の段階にとどまっているのではないかを恐れる。欧州文化の咀嚼においても、また自国文化の自覚にお・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・またその苦労によって得た体験を書き現わそうとする場合には、この態度につきまとう独特な困難、すなわち主観的見方のなかに落ち込んでしまうという困難を切りぬけるために、特に烈しい苦心をしなくてはならないであろう。しかしそれを切りぬけて出た作者は、・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫