・・・つまりやめ時だったのだろう、という衆議に一決しています。今年の冬は私は大変寒そうです。足の冷え方が格別です。夜具が重くて、フウフウで狐の子のように落葉をかけて寝てみたい。重い病気のあとはそうですね。あなたもボタンのかかるシャツは一冬お着にな・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・しかしこんな、けちな悪意では、ニイチェ主義の現代人にもなられまい。 号砲が鳴った。皆が時計を出して巻く。木村も例の車掌の時計を出して巻く。同僚はもうとっくに書類を片附けていて、どやどや退出する。木村は給仕とただ二人になって、ゆっくり書類・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ふと小姓の一人が、あれが撃てるだろうかと言い出したが、衆議は所詮打てぬということにきまった。甚五郎は最初黙って聞いていたが、皆が撃てぬと言い切ったあとで、独語のように「なに撃てぬにも限らぬ」とつぶやいた。それを蜂谷という小姓が聞き咎めて、「・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・ ――いかなるものと雖も、わが国の現実は、資本主義であると云う事実を認めねばならぬ。と。 此の一大事実を認めた以上は、われわれはいかに優れたコンミニストと雖も、資本主義と云う社会を、敵にこそすれ、敵としたるがごとくしかく有力な社・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・安価な楽天主義は人生を毒する。魂の饑餓と欲求とは聖い光を下界に取りおろさないではやまない。人生の偉大と豊饒とは畢竟心貧しき者の上に恵まれるでしょう。悩める者、貧しき者は福なるかな。私は自分の貧しさに嘆く人々が一日も早く精神の王国の内に、偉大・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫