・・・黒い髪に対して真赤な爪はどんな色彩効果かということは考えられていず、胴長に、ロマネスクのモードの滑稽なあわれさが自覚されていない。商店の広告はアメリカ広告の植民地的真似をしている。自主的な批判力のまだつよめられていない日本の社会の心理に、半・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・ お前は町の目抜の商店に勤めてるんだ。これを忘れちゃいけねえ。小僧ってものは扉口んところへ木偶のようにじっと立っているもんだ」 凝っと立っていることが、活々した子供のゴーリキイにはなかなか出来ない。しかも両腕は肱の辺までべた一面痣やかさ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 俺はヴォルガを四十露里ばかり下ったクラスノヴィードヴォの村に住んでいるんだが、そこに俺の小店があるんだ。君は俺の商売の手伝いをする。これには大した時間をとりゃしない。俺はいい本を持っているし、君の勉強を助けてあげる――いいかね?」「え・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・村の小学校を出た少年少女は殆どのこらず工場や商店に通うようになり、バスが通りはじめた。 今度の事変がはじまった。先ずガソリン節約でバスがまた一日二三度しか通らなくなったことから始まって、村の空気は段々しかも急速に変化して来た。 近所・・・ 宮本百合子 「村の三代」
・・・すると、乞食は焦点の三に分った眼差しで秋三を斜めに見上げながら、「俺は安次や。心臓をやられてさ。うん、ひどい目にあった。」と彼から云った。 秋三は自分の子供時代に見た村相撲の場景を真先に思い浮かべた。それは、負けても賞金の貰える勝負・・・ 横光利一 「南北」
・・・氏はこの情趣に焦点を置いて、この焦点をはずれたものを顧みない。この態度が、右のごとき焦点をきめずに、ありのままに感得した美を描いて、おのずからに情趣を滲み出させる態度と異なっている事は言うまでもなかろう。 もっと具体的に言えば、氏はその・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・ この物語では、女主人公の苦難や、首なくしてなおその乳房で嬰児を養っている痛ましい姿が、物語の焦点となっているが、しかしこの女主人公自身が熊野の権現となったとせられるのではない。ただ首なき母親に哺育せられた憐れな太子と、その父と伯父との・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・彼は色道修行者のように女の享楽を焦点として国々を見て歩くのではない。また彼は美術史家のように、ただ古美術の遺品をのみ目ざして旅行するのでもない。彼は美しいものには何ものにも直ちに心を開く自由な旅行者として、たとえば異郷の舗道、停車場の物売り・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・その焦点にはただ対手の感情のみがあって、自分はない。むしろ自己が、その焦点において、対手の内に没入しているのである。けれどもいかに自分を離れた気持ちになっていても、「自分」が「対手」になることはできない。対手の感情を感じながら、実はやはり自・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・人間の生活そのものが、すべての問題の焦点に来る。国家は、人生目的の実現に対して有利であるという事をほかにして、もはや存在の理由をもたないのである。 かくて人間の生活は、永い間の抽象化を脱して、久しぶりに具体的になる。 人類の運命はや・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫