・・・銃と背嚢とを二人から受け取ったが、それを背負うと危く倒れそうになった。眼がぐらぐらする。胸がむかつく。脚がけだるい。頭脳ははげしく旋回する。 けれどここに倒れるわけにはいかない。死ぬにも隠れ家を求めなければならぬ。そうだ、隠れ家……。ど・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・自分は近寄って強いかおりをかいで小さい枝を折り取った。人のけはいがするのでふと見ると、今までちっとも気がつかなかったが、茂みの陰に柴刈りの女が一人休んでいた。背負うた柴を崖にもたせて脚絆の足を投げ出したままじっとこっちを見ていた・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ただ半蔵が百姓の一揆を理解しても、或はセイタを背負うても、自身の「限界を越えることは出来ぬのである」とだけ書きすてず、何故それを越え得ず、越えなかったのはどの点だ、と説明すべきだったと思う。労働者のやるようなことをやったって労働者じゃない、・・・ 宮本百合子 「「夜明け前」についての私信」
・・・そして、四日の午後四時五十七分、総ての荷物を郷里に遺し、ただ食糧だけを二人で背負う振り分けの荷に作って、福井を出発した。福井市の彼方此方では、当局者の所謂流言蜚語が、実に熾んで、血腥い風が面を払うようであった。もう二三十分で列車が出る時にな・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・損をして又は失業して食べられなくなろうとも、やっぱり苦しみはその一家だけが背負うように世の中が出来ている。 ですから、例えば工場でお父さんが十五年も働きつづけ、機械にはさまれ死んだとしても、会社は半年ももたない涙金をくれるぎり。あとは母・・・ 宮本百合子 「「我らの誌上相談」」
・・・ここに我々は苦しむ神、悩む神、人間の苦しみをおのれに背負う神の観念を見いだすことができる。奈良絵本には、首から血を噴き出しているむごたらしい妃の姿を描いたものがある。これを霊験あらたかな熊野権現の前身としてながめていた人々にとっては、十字架・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫