・・・…… 矢藤老人――ああ、年を取った伊作翁は、小浜屋が流転の前後――もともと世功を積んだ苦労人で、万事じょさいのない処で、将棊は素人の二段の腕を持ち、碁は実際初段うてた。それ等がたよりで、隠居仕事の寮番という処を、時流に乗って、丸の内・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・社交ダンスよりも一石二鳥。初段、黒帯をしめ、もう殺される心配のない夜の道をガニ股で歩き、誰か手ごめにしてくれないかしら。スリルはあった。 ある夜、寂しい道。もしもし。男だ。一緒に歩きませんか。ええ。胸がドキドキした。立ち停る。男の手が肩・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・坂田の棋力は初段ぐらいだろうなどと乱暴な悪口も囁かれた。けれども、相手の花田八段はさすがにそんな悪口をたしなめて、自身勝ちながら坂田の棋力を高く評価した。また、一四歩突きについても、木村八段のように「その手を見た途端に自分の気持が落ち着いた・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・弓は初段をとっていたが、これは趣味と言えるかどうか。じゃんけんさえ、はっきりは知らなかった。石よりも鋏が強いと、間違って覚えている。そんな有様であるから、映画のことなどあまり知らなかった。毎日、毎日、訪問客たちの接待に朝から晩までいそがしく・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ 本編の趣旨は、初段の冒頭にもいえる如く、日本男児の品行を正し、その高きに過ぐる頭を取って押さえ、男女両性の地位に平均を得せしめんとするの目的を以て論緒を開き、人間道徳の根本は夫婦の間にあり、世間の道徳論者が自愛博愛などとてその得失を論・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・「断乎処断する」というような意気ごみの、最初の実例とされることに抗議します。なぜなら、起訴は、実際上もうおくれた時機であって、こんどのやりかたは、「石中先生」「裸者と死者」で達せられなかった「法の威力」をしめそうとする目的に立っていることが・・・ 宮本百合子 「「チャタレー夫人の恋人」の起訴につよく抗議する」
・・・飯田、山本両氏について、検事局は「往来危険罪で処断」と最悪の場合は死刑までふくむ法文を引用して見解を示している。 ところが事件の十五日夜アリバイがはっきりしているために「やや焦燥の色濃い東京地検堀検事正、馬場次席検事は」「教唆罪もあり得・・・ 宮本百合子 「犯人」
・・・中学は首席で柔道は初段、数学の検定を四年のときにとった彼は、すぐまた一高の理科に入学した。二年のとき数学上の意見の違いで教師と争い退校させられてから、徴用でラバァウルの方へやられた。そして、ふたたび帰って帝大に入学したが、その入学には彼の才・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫