・・・この本に沿って、三笠書房の歴史全書中の「洋学論」が読まれたなら、著者が一つの情熱をもって、祖先たちが世界の真理の到達点を、わが封建の日本へ新しい力として齎そうとした努力の価値を語っていることを知ることが出来る。東洋経済新報社出版の「現代日本・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・ 成井先生のところから暑中の御見舞を下さった。早速御返事を出して置く。まだ手紙を出さなくっちゃあならないところが沢山あるんだのにと思ったけれども気が向かないからやめた。 古い『新古文林』に出て居る本居宣長先生の「尾花が本」と楽翁コー・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・で、作者は地図入りの前書中に云っている。「ヤング案のドイツと五ケ年計画のロシアと恐慌日本とソヴェト支那と朝鮮等を背景に、戦後世界資本主義の第三期、大恐慌、大建設、対立激化、ファッショ化、革命力の昂揚などを描破しようと企てた。」 ――新世・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
・・・予定した汽車に乗れないどころか、いつの汽車にのれるか当もないのに、しかし列をはなれたら金輪際切符は買えないのだから暑中の歩道に荷物を足元におき、或はそれに腰かけて苦しそうに待っている老若男女の姿は、確に見る人々の心に、何となしただごとではな・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・翁は聞いて、丁度暑中休みで帰っていた花房に、なんだか分からないが、余り珍らしい話だから、往って見る気は無いかと云った。 花房は別に面白い事があろうとも思わないが、訴えの詞に多少の好奇心を動かされないでもない。とにかく自分が行くことにした・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・六日は日曜日で、石田の処へも暑中見舞の客が沢山来た。初め世帯を持つときに、渋紙のようなもので拵えた座布団を三枚買った。まだ余り使わないのに中に入れた綿が方々に寄って塊になっている。客が三人までは座布団を敷かせることが出来るが、四人落ち合うと・・・ 森鴎外 「鶏」
何か事情があって、川開きが暑中を過ぎた後に延びた年の当日であったかと思う。余程年も立っているので、記憶が稍おぼろげになってはいるが又却てそれが為めに、或る廉々がアクサンチュエエせられて、翳んだ、濁った、しかも強い色に彩られ・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・或る日安国寺さんが来て、暑中に帰省して来ると云った。安国寺さんは小倉の寺を人に譲ったが、九州鉄道の豊州線の或る小さい駅に俗縁の家がある。それを見舞いに往くと云うことであった。 安国寺さんの立った跡で、私の内のものが近所の噂を聞いて来た。・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・炎熱の烈しかったこの暑中も、毎日『明暗』を書きつづけながら、製作の活動それ自身を非常に愉快に感じていた。そのため生理的にも今までになく快適を感じていたらしかった。 先生が製作によって生の煩わしさを超脱する心持ちは、私の記憶では、『草枕』・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫