・・・そうしてその後二十年あまりは、ほとんど寝食さえ忘れるくらい、私に尽してくれたのでした。「どう云う量見か、――それは私も今日までには、何度考えて見たかわかりません。が、事実は知れないまでも、一番もっともらしく思われる理由は、日錚和尚の説教・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・一時にある事に自分の注意を集中した場合に、ほとんど寝食を忘れてしまう。国事にでもあるいは自分の仕事にでも熱中すると、人と話をしていながら、相手の言うことが聞き取れないほど他を顧みないので、狂人のような状態に陥ったことは、私の知っているだけで・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・「赤沼の若いもの、三郎でっしゅ。」「河童衆、ようござった。さて、あれで見れば、石段を上らしゃるが、いこう大儀そうにあった、若いにの。……和郎たち、空を飛ぶ心得があろうものを。」「神職様、おおせでっしゅ。――自動車に轢かれたほど、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・若し、自分の村で約束したゞけ取れそうになかったら、隣村へ侵蝕してでも、無理やりに取る。 候補に立とうとするような地主は、そういう男を必ず逃がさずにとっ掴まえ、金を貸したり田を作らしたりしておいて、必要に応じて走りまわらせるのである。又、・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・子も、孫も、その孫も、幾年代か鉱毒に肉体を侵蝕されてきた。荒っぽい、活気のある男が、いつか、蒼白に坑夫病た。そして、くたばった。 三代目の横井何太郎が、M――鉱業株式会社へ鉱山を売りこみ、自身は、重役になって東京へ去っても、彼等は、ここ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・しかし場合によっては、これが単に河水の浸蝕作用だけではなくて、もっと第一次的な地殻変形の週期性によって、たとえ全部決定されずとも、かなり影響された場合がありはしないかと考えられる。蛇行の波長が河床の幅に対して長いような場合に特にこれが問題に・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・ 虫の口から何か特殊な液体でもだして鉛を化学的に侵蝕するのかと思ったが、そうでなくて、やはり本当に「かじる」のだそうである。その証拠にはその虫の糞がやはり「鉛の糞」だという。なるほど顕微鏡下にある糞の標本を見るとやはり立派な鉛色をしてい・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・たとえば風化せる花崗岩ばかりの山と、浸蝕のまだ若い古生層の山とでは山の形態のちがう上にそれを飾る植物社会に著しい相違が目立つようである。火山のすそ野でも、土地が灰砂でおおわれているか、熔岩を露出しているかによってまた噴出年代の新旧によっても・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・人によっては寝食の時間など大変規則正しい人もあるかも知れないが、原則から云えば楽に自由な骨休めをしたいと願いまたできるだけその呑気主義を実行するのが一般の習慣であります。すると彼らには明かに背馳した両面の生活がある事になる。業務についた自分・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・けだしこの人々いずれも英邁卓絶の士なれば、ひたすら自レ我作レ古の業にのみ心をゆだね、日夜研精し寝食を忘るるにいたれり。あるいは伝う、蘭化翁、長崎に往きて和蘭語七百余言を学び得たりと。これによって古人、力を用ゆるの切なると、その学の難きとを察・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
出典:青空文庫