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・・・ 新内語りを始め其他の街上の芸人についてはここに言わない。 その日その日に忘れられて行く市井の事物を傍観して、走馬燈でも見るような興味を催すのは、都会に生れたものの通有する性癖であろう。されば古老の随筆にして行賈の風俗を記載せざるも・・・
永井荷風
「巷の声」
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・・・倉庫の屋根のかげになって、片側は真暗な河岸縁を新内のながしが通る。水の光で明く見える板橋の上を提灯つけた車が走る。それらの景色をばいい知れず美しく悲しく感じて、満腔の詩情を托したその頃の自分は若いものであった。煩悶を知らなかった。江戸趣味の・・・
永井荷風
「深川の唄」