・・・或は戸外の業務は内事に比して心労大なり、其成跡も又大なりなど言わんかなれども、夫の病に罹りたるとき妻が看病する其心配苦労は果して大ならざるか、妊娠十箇月の苦しみを経て出産の上、夏の日冬の夜、眠食の時をも得ずして子を育てたる其心労は果して大な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ けだし意味深遠なる著書は読者の縁もまた遠くして、発兌の売買上に損益相償うを得ず、これを流行近浅の雑書に比すれば、著作の心労は幾倍にして、所得の利益は正しくその割合に少なし。大著述の世に出でざるも偶然に非ざるなり。いずれも皆、学問上には・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・その棄るところのものは、形体に属する財物か、または財にひとしき時間、心労にして、その報として得るものには、我が情を慰むるの愉快あり。すなわち形体の安楽を売りて精神の愉快を買うものなり。人生の発達、そのまったきを得て、形体の安楽にかねて精神の・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・家庭の主婦の心労や骨折や或は無智が、職工さんのお弁当の量は多くて質の足りない組合わせを結果して来てもいるだろうし、代用食と云えばうどんで子供は食慾もなくしている始末にもなっていよう。何をたべたか、何がたべたいかという結果として出たところで調・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・習慣のちがう、言葉のちがうパリでの共同家族の生活で、若い主婦イエニーがどんなにこまごました心労を経験したかということは推察される。 翌年――一八四四年五月一日――イエニーは女の子を産んだ。娘は小イエニーとなづけられた。パリのありふれたか・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・稲子さんは自分の二人の子供達を食わせ、おばあさんを養わねばならない上に、獄中の良人のために心労をし、しかも当時の仕事の性質上、金は極端にとれなかった。獄中の鶴次郎さんに差入れる夜具布団を自分で家から背負って持って行った。そういう窮乏状態であ・・・ 宮本百合子 「窪川稲子のこと」
・・・そして私はもうこういう種類の心労は大変疲れたから、早く自分の単純で書生らしい生活に戻りたいと願っているところなの。 この前の手紙で申し上たような有様、更に現実はあれより複雑故、一番広い視野で先を見通すものが、こういう中では疲れ、そしてあ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・三十一日に電報をいただき、一日都合よく行かなかった間はいろいろ心配――単純にそうでもないが、心労いたしました。二日には、あなたがそれまで二度お目にかかっていた時よりずっと馴れて、顔つきにも体つきにもあなたらしい流動性が出ていて、大変うれしく・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・新聞そのものを実質的にクラブの機関紙としてゆくための闘いの時期、当然櫛田さんの心労ははなはだしかった。ちっとも金をもたない婦人民主クラブが、ともかくひとつの週刊紙を借金の上から送りだしつづけてゆくことは、楽なやりくりでありようなかった。また・・・ 宮本百合子 「その人の四年間」
・・・ かなり長い間の心労に安心が出て母はぐったりした様にして居ます。 彼女はその様子に一層気のたるんだのを感じながら、ストーブの石炭からポッカリ、ポッカリ暖い焔の立つ広い部屋の裸の卓子に向い合ってまじまじと座って居ました。 外の・・・ 宮本百合子 「二月七日」
出典:青空文庫