・・・明治年代の文学を回顧すると民友社というものは、大きな貢献をした事は事実であるし、蘆花、独歩、湖処子の諸君の仕事も、民友社という事からは離しては考えられない。遠くから望むと一群の林のような観をなしていたが、民友社にも種々異った意見を持った人が・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・あながちそうでもないようである。事実、自分の日常生活を支配しているものは、やっぱり陳い陳い普通道徳にほかならない。自分の過去現在の行為を振りかえって見ると、一歩もその外に出てはいない。それでもって、決して普通道徳が最好最上のものだとは信じ得・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・これは、厳粛の事実だ。このうえは、かず枝を死なせてはならない。ああ、生きているように、生きているように。 四肢萎えて、起きあがることさえ容易でなかった。渾身のちからで、起き直り、木の幹に結びつけた兵古帯をほどいて首からはずし、水たまりの・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・この身仕度は少しく苦笑の仕草に似たれども、老生の上顎は御承知の如く総入歯にて、之を作るに二箇月の時日と三百円の大金を掛申候ものに御座候えば、ただいま松の木の怪腕と格闘して破損などの憂目を見てはたまらぬという冷静の思慮を以てまず入歯をはずし路・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ところが、それが事実である。三方四方がめでたく納まった話であるから、チルナウエルは生涯人に話しても、一向差支はないのである。 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ この日記がなくとも、『田舎教師』はできたであろうけれども、とにかくその日記が非常によい材料になったことは事実であった。ことに、死一年前の日記が……。 この日記は、あるいはこの小林君の一生の事業であったかもしれなかった。私はその日記・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・遠い恒星の光が太陽の近くを通過する際に、それが重力の場の影響のために極めてわずか曲るだろうという、誰も思いもかけなかった事実を、彼の理論の必然の結果として鉛筆のさきで割り出し、それを予言した。それが云わば敵国の英国の学者の日蝕観測の結果から・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・京都見物を一定時日の間に最も有効にしようというには適当な案内者あるいはこれに代るべき案内書があると便利である。そうでないと往々重要なものを見落す虞がある。近頃流行る高山旅行などではなおさらである。案内人なしにいい加減な道を歩いていると道に迷・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・しかし、航海の頻繁なところであるから潮の調査は非常に必要なので、海軍の水路部などでは沢山な費用と時日を費やしてこれを調べておられます。東京辺と四国の南側の海岸とでは満潮の時刻は一時間くらいしか違わないし、満干の高さもそんなに違いませんが、四・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危ないと思ったら、もう少し前にそう云ってくれてもいいではないか、今まで黙っていて、災害のあった後に急にそんなことを云うのはひどい。」 すると、学者の方では「それはもう十年も二十年も前にとうに警・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
出典:青空文庫