・・・ × 満洲事変が起った。爆弾三勇士。私はその美談に少しも感心しなかった。 私はたびたび留置場にいれられ、取調べの刑事が、私のおとなしすぎる態度に呆れて、「おめえみたいなブルジョアの坊ちゃんに革命なんて出来るものか・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・つづいて満洲事変。五・一五だの、二・二六だの、何の面白くもないような事ばかり起って、いよいよ支那事変になり、私たちの年頃の者は皆戦争に行かなければならなくなった。事変はいつまでも愚図愚図つづいて、蒋介石を相手にするのしないのと騒ぎ、結局どう・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・――事変以来八十九日目。上海包囲全く成る。敵軍潰乱全線に総退却。 Kは号外をちらと見て、「あなたは?」「丙種。」「私は甲種なのね。」Kは、びっくりする程、大きい声で、笑い出した。「私は、山を見ていたのじゃなくってよ。ほら、こ・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・佐野君は、こだわらずに言った。事変のはじまったばかりの頃は、佐野君は此の祝辞を、なんだか言いにくかった。でも、いまは、こだわりもなく祝辞を言える。だんだん、このように気持が統一されて行くのであろう。いいことだ、と佐野君は思った。「可愛い・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・わが家の先祖の誰かがどこかでどうかしていたと同じ時刻に、遠い遠い宇宙の片隅に突発した事変の報知が、やっと今の世にこの世界に届くという事である。 しかしそう云えばいったいわれらが「現在」と名づけているものが、ただ永劫な時の道程の上に孤立し・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・とは事変るが、アインシュタインの相対性原理がまだ十分に承認されなかった頃、この所論に対する色々な学者の十人十色の態度を分類してみると、この『徒然草』第百九十四段の中の「嘘に対する人々の態度の種々相」とかなりまでぴったり当て嵌まるのは実に面白・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ 翌朝P教室へ出勤するとまもなくS軒から電話でB教授に事変が起こったからすぐ来てくれとの事である。急病でも起こったらしいような口ぶりなので、まず取りあえずN教授に話をして医科のM教授を同伴してもらう事を頼んでおいて急いでS軒に駆けつけた・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ けだし慶応義塾の社員は中津の旧藩士族に出る者多しといえども、従来少しもその藩政に嘴を入れず、旧藩地に何等の事変あるも恬として呉越の観をなしたる者なれば、往々誤て薄情の譏は受るも、藩の事務を妨げその何れの種族に党するなどと評せられたるこ・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ああ、これ、革命の世に遁るべからざるの事変なるべきのみ。 この際にあたりて、ひとり我が義塾同社の士、固く旧物を守りて志業を変ぜず、その好むところの書を読み、その尊ぶところの道を修め、日夜ここに講究し、起居常時に異なることなし。もって悠然・・・ 福沢諭吉 「中元祝酒の記」
・・・ 玄米一石の生産費自作農二五円八七銭 小作農二八円七一銭 現在の農村は事変以来二割近い手不足で甚だ困難している。従って老人、女子、子供は一層農村で大切な労働力となって来た。昨年は一部落当に老人二人婦人一人半子供十人半が平・・・ 宮本百合子 「新しき大地」
出典:青空文庫